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FRBの利上げが炙り出した、有識者と国内メディアの低レベル=近藤駿介

FRBは12月16日、9年半ぶりの利上げに踏み切りました。利上げが市場に与える影響や今後の見通しについて強気・弱気さまざまな見方が報じられていますが、元ファンドマネージャーの近藤駿介さんは、そんな国内メディアの報道姿勢に「金融と経済がどのようにリンクしているのかを実際には理解していないのではないか」と疑問を投げかけます。(『近藤駿介~金融市場を通して見える世界』)

「堅調な実体経済」は市場の安定を担保しない~国内報道の問題点

学者の幻想と限界

昼飯を食べながら何気なくテレビ東京の某経済番組を見ていたら、FRBの利上げの影響について著名な大学準教授のゲストコメンテーターがいろいろコメントしていた。

これがまた昨晩のWBSのコメンテーターに負けず劣らずの劣悪な内容だった。

簡単に言えば「日米の実態経済はしっかりしている」「株式市場の人間が勝手に期待と不安で動いている」「根本的問題は石油価格の下落」。要は、石油価格の下落以外に何の心配もないということ。

こうした経済と金融を分離して考え、実体経済がしっかりしていれば経済は大丈夫という幻想を抱くところが学者の限界。

1990年の日本のバブル崩壊は、個人消費が旺盛な中、設備投資も3年連続で2桁の伸びを示し、実績GNPで5.5%の経済成長を遂げていた中で生じている。著名な学者はこうした歴史的事実をどう捉えているのだろうか。

1990年のバブル崩壊でも明らかなように、実体経済がしっかりしていたとしても、それは金融市場に波乱が起きないことを担保するものでもないし、将来に渡って実体経済が堅調に推移することを保証するものでもない。

実体経済と株式市場を分けて考えるナンセンス

日本のメディアは株式市場で乱高下が起きる度に「投資家心理」という言葉を季語のように使い、原因をそれに求めようとする。

よく指摘することだが、多くの日本人が抱いている誤解は「株式市場参加者は全員相場を張っている」というもの。だが市場参加者の中には実需を伴った参加者もいれば、金利取引、金融取引の一環として株式を利用している参加者もいる。

確かに、「相場を張っている参加者」は「投資家心理」によって右往左往するかもしれないが、金利取引、金融取引の一環として株式を利用している参加者は、日々変化する「投資家心理」とは一線を画している。

しかし、「相場を張っている参加者」の「投資家心理」に関係なく、金融情勢の変化は金利取引、金融取引の一環として参加している参加者の投資行動に影響を与えるもの。こちらは「金融」の知識が必要な分野なので、ほとんど報道されることはない。

金融と実体経済が完全にリンクしてきている時代に、FRBの利上げによって金融取引環境が変わろうとしている中で、実体経済と株式市場を分けて考えること自体がナンセンス、時代遅れだといえる。

実態経済と株式市場の関係を「相場」的繋がりでしかコメントできないのは、この著名な学者が金融と経済がどのようにリンクしているのかを実際には理解していないことの証明でもある。

Next: 表面的な現象に右往左往する薄っぺらい報道ぶり



表面的な現象に右往左往する薄っぺらい報道ぶり

番組コメンテーターのコメントに呆れていると、今度は日経電子版に次のような記事が。

今週(14~18日)の世界の株式市場では、ポーランドや中国、トルコといった新興国中心に株価上昇が目立った。買いの底流には米連邦準備理事会(FRB)が16日に決めた9年半ぶりの利上げがある。米国経済の回復を示すとともに、「利上げのペースは緩やか」と強調することで、資金引き揚げが懸念される新興国にも配慮したのが好感された。

出典:18日付日経電子版:世界の株式、新興国の上昇目立つ 米利上げで不安後退

FRBの利上げによる、新興国から米国への資金還流リスクをさんざん繰り返してきた新聞が、利上げ後の新興国株の反発について、FRB利上げによって不安が後退したからと報じている。毎度のことながら表面的な現象に右往左往する薄っぺらい報道ぶりには呆れるばかり。

日本メディアの報道姿勢は「投資家心理」よりもうつろいやすいもののようだ。

米国利上げと「稼ぐ力」~日本企業の問題点

投資においてファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は最も重要な要素。そして、その中で最も重要なのが、中央銀行による金融政策の変更である。

日本経済新聞社が17日実施した社長100人(緊急)アンケートで、米国が利上げしても世界の各地域での投資姿勢を変えないと答えた経営者が8割以上を占めた。

出典:17日付日経電子版:米利上げで投資姿勢「変えない」8割超 社長100人アンケート

ファンダメンタルズの根幹が変化したにもかかわらず8割の経営者が「投資姿勢を変えない」と答えている。

日本企業は政府、日銀の後押しを受けて無償で「稼ぐ力」を手に入れることができたが、「稼ぐ能力」までは身に付けていないようだ。

金融政策の変更は世の中の「投資姿勢」を変えるために行われるもの。日本の経営者は、企業が「投資姿勢」を変えないのであれば、中央銀行のほうが金融政策を変更することになるということに気付かないのだろうか。

コストカット以外にほとんど何もせずに「稼ぐ力」を政府と中央銀行から授けられてきた企業経営者の経済感覚は麻痺してしまったのだろうか。

Next: 市場の期待とFRBの期待に乖離。おめでた過ぎる今のマーケット



市場の期待とFRBの期待に乖離。おめでた過ぎる今のマーケット

利上げを受けての株高は、市場が期待通りに動いたFRBに対する敬意であり、利上げできるほど米国景気が強いことに対する対する安心感だと解釈するのは少々おめでた過ぎる。

FOMCメンバーが、なぜ1年後のインフレ率を下方修正する中で利上げに踏み切ったのか、なぜ来年末まで市場予測を上回る4回の利上げを見込んでいるのかを冷静に考えておく必要がある。

これは、この先の市場の期待と、FRBの期待には乖離があるということだ。

こうした乖離をイエレン議長がうまく埋めてくれるのか、それとも市場がこうした乖離が存在することを認識して謙虚になるのか。

どのような形で市場とFRBの期待の乖離が顕在化するのか、あるいは埋められていくのか。

現時点ではこれがこの先1年の市場の最大の注目点である。

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近藤駿介~金融市場を通して見える世界』(2015年12月18,19日号)より一部抜粋、再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による

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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動してきた近藤駿介の、教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝えるマガジン。

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