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中国が危険な賭けに出る?米中対立激化がもたらす新興国危機と打つ手がない日本=近藤駿介

米国の対中追加関税・為替操作国認定によって、トランプ政権内で中国強硬派が主導権を握りつつあることがわかる。中国は危険な賭けに出ざるを得なくなった。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

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プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

中国発の不況が来る?基準が失われ始めた世界と打つ手がない日本

トランプが中国に対して攻勢に出た

7月のFOMCでの25bp利下げという大きなイベントを通過して一旦市場の関心がファンダメンタルズから離れるタイミングを狙ったかのように、トランプ大統領が中国に対して攻勢に出た。

FOMC直後の1日に突如3000億ドル相当の中国製品に対して10%の追加関税を課すという「追加関税第4弾」を発表したのに続いて、5日に中国を為替監視国にすることを発表し、米中貿易交渉進展に淡い期待を抱いていた市場に冷水を浴びせた。

市場が中国の為替監視国指定に驚いたのは、4月中旬と10月中旬の年2回公表される半期為替報告書に従って指定される通例を破ったタイミングでの指定となったことに加え、

1)対米貿易黒字年間200億ドル以上
2)経常黒字GDP比2%以上
3)為替介入による外貨購入が1年で6カ月以上かつGDPの2%以上

という条件3条件のすべてを満たすという為替監視国の指定の慣例を破り、「対米貿易黒字年間200億ドル以上」という1つの条件しか当てはまらない中国を為替監視国に指定したこと。

こうしたトランプ政権の動きに中国は現安容認で対抗する姿勢を示した。5日には中国人民銀行は人民元の基準値を1ドル=6.9225元に設定し、10年ぶりの1ドル=7元台を容認した。その後も人民銀行は元安の動きに追随するように基準値を元安に設定し、12日の基準値は1ドル=7.0211元と、7月末の基準値1ドル=6.8841ドルから2%の元安水準となっている。

2015年8月の人民元切下げ時には3日で約4.6%元安となったことと比較すると今回の元安誘導は2%程度にとどまっており、切下げ幅としてはまだ小幅に留まっているといえる。仮に中国が2015年8月と同程度の元安を目指しているとしたら、基準値は1ドル=7.2元になる計算になる。

主導権を握る中国強硬派

今回の米中の動きは、トランプ政権内で中国強硬派が主導権を握りつつあることによって、中国が自ら返り血を浴びかねない危険な賭けに出ざるを得なくなったことを物語るものだ。

5日付のWSJでは1日にボルトン大統領補佐官、クドロー国家経済会議(NEC)委員長、対中通商顧問を務めるピーター・ナバロ氏、マルバニー大統領首席補佐官代行などとの協議の席で、「対中タカ派のナバロ氏以外はみな、断固として追加関税に反対した」なかでトランプ大統領は「追加関税第4弾」を決めたと報じられている。これは政権内でナバロ氏を中心とした対中強硬派が主導権を握りつつあることを印象付けるものである。

5日の為替監視国の指定も、対中強硬派が主導権を握るなかで決められたことが想像される。こうした過程で懸念されるのが、中国制裁が目的化することで政策の明確な基準が失われることである。

Next: 9月の米利下げは確実?/危険な賭けに出るしかない中国



市場は9月FOMCでの利下げを100%織込んだ格好

トランプ大統領はFRBに対しても批判を強めている。9日には「ドルを下落方向に誘導する意図はない」と、一部で懸念されているドル安誘導を否定してみせたが、その直後に「米金融当局が政策金利を引き下げればドルを自動的にやや押し下げることになり、輸出業者への圧力が和らぐ」と発言し、FRBの利下げを優先する姿勢を示した。

換言すればこの発言はFRBが利下げしなければドル安誘導も辞さない姿勢を示したものでもあり、パウエル議長に対する圧力を強めたともいえるものである。こうしたトランプ大統領の発言もあり、市場は9月FOMCでの利下げを100%織込んだ格好になっている。

こうしたトランプ大統領の圧力はFRBの判断を混乱させるものである。仮にこの先米中貿易戦争の影響で景気減速が示されFOMCが9月のFOMCで利下げに踏み切ったとしても、万人が景気減速を認めるような状況にならない限りFRBは「政治的圧力に屈した」という批判を受けることになるだろう。

反対に大統領の圧力に屈することなく経済指標に基づいて利下げを見送ることになれば、対中強硬派が主導権を握ったトランプ政権が「ドル安誘導」に踏み切る危険な事態も否定できなくなる。これは間接的にFRBが引金を引いたことになりかねない事態でもある。

パウエル議長がトランプ政権に忖度をしなければ政権が「ドル安誘導」に踏み込むリスクが高まり、トランプ政権に忖度をすれば「金融政策は経済指標次第」としてきたFRBの金融政策の基準が崩壊することになる。

危険な賭けに出るしかない中国

一方、中国が元安容認に動いたということは、関税の報復合戦では勝ち目がないことを認めざるを得なくなったからである。しかし、中国が打ち出した元安容認というカードは中国にとって自爆のリスクも含んだ危険な選択だといえる。

1ドル=7元という節目を突破したが、元安幅としては2015年8月の元切下げ時の半分にも満たないものである。中国が前回と異なり今回穏やかな元安容認にとどめたのは、4年前とでは状況が大きく変わってきており中国経済が受ける衝撃が大きいことが想定されるからだと思われる。

2015年8月に元切下げを実施した時点で1兆ドル程度だった中国の対外債務は直近では2兆ドルに迫る規模になっているとみられている。こうした状況下での元安誘導は中国の対外債務を拡大させるものである。今年1兆2000億ドルの借り換えが必要と思われている中国が、対外債務の拡大というリスクを冒してでも元安誘導に動いたのは、それだけ中国が引くに引けない切羽詰まった状況に陥った証拠だといえる。

中国にとってさらに深刻なのは、この数年で対外債務が増えると同時に、中国による海外貸付が新興国中心に急増していることである。自国通貨でのファイナンスが難しい新興国の債務は基本ドル建てである。多額のドル建て債務を抱える新興国に対する貸付が増加しているということは、ドル高によって新興国が債務不履行などに陥れば中国経済に多大な影響が及ぶということである。

つまり、元安誘導によってドル高圧力を高めるということは、自国の債務を増やすのみならず貸出先の新興国の債務危機を誘発する危険性を高めることでもある。

中国は7月末時点で3兆1040億ドルという大規模な外貨準備を有していることを考えると、中国自体が外貨不足に陥る危険は少ないといえる。しかし、外貨準備の取り崩しは米国債利回りへの上昇圧力となり「逆イールド」を解消する手助けになりかねない。さらにドルの売却はトランプ大統領の代わりにドル安誘導をするという、ドル安を目指すトランプ大統領に塩を送るような形になってしまうので、現時点で多額の外貨準備を持っていることはトランプ政権に対する武器にはなり得ない。

Next: 「基準が失われ始めた世界」と「打つ手のない日本」



「基準が失われ始めた世界」と「打つ手のない日本」

FRBが利下げに動き、9月のFOMCでの利下げも確実視されていることもあり、多くの国が予防的利下げによって自国通貨高回避に動き出している。こうした動きは日本に逆風となって吹き付けることになりそうだ。

まずは、米国のみならず周辺国との金利差縮小によって「円調達+外貨運用」というキャリートレードの魅力が薄れることで円安圧力は弱まることが想像される。さらに、通貨切り下げ競争によって市場の混乱が起きればこれまでのキャリートレードの巻き戻しによる円高圧力が高まることになりかねない。

こうした事態を防ぐために日銀も予防的利下げ、金融緩和に動きたいところだが、無い袖は振れない状況にある日銀は動くに動けない

マスコミは「比較的安全な通貨である円が買われる展開」と繰り返しているが、実際には円高を防ぐ手立てを失った「調達通貨円」の借り手が円高による負債の増大を恐れて円の返済に動き出していると考えるべきだろう。

対中強硬派が主導権を握りつつあるトランプ政権がこれまでの基準を無視して中国を為替監視国に指定し、トランプ政権の圧力を受けてFRBが「金融政策は経済指標次第」というこれまでの基準を放棄しかねない状況に追い込まれ、中国が習近平体制を維持するために対外債務の拡大を招くリスクを顧みずに元安誘導に踏み切る…。ここにきて世界は明確な基準を失い始めたようだ。

「基準が失われ始めた世界」と「打つ手のない日本」。暫くは市場の混乱が続く可能性を考えておいた方がよさそうだ。

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  • 期待通りの結果が招いた期待しない結果 〜 懸念されるFRBの日銀化(8/5)

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元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』(2019年8月12日号)より一部抜粋
※記事タイトル、本文見出し、太字はMONEY VOICE編集部による

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