マネーボイス メニュー

若者に年金生活なし。選挙対策で発表を遅らせた年金財政検証で見えた悲惨な老後=斎藤満

厚生労働省は8月27日、3ヶ月遅れで年金の財政検証結果を公表。選挙前にがっかりさせないためと見られますが、結果から若者の悲惨な未来が見えてきます。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年8月14日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

もう国には老後を頼れない……年金破綻か、雀の涙でも制度維持か

選挙前にはとても公表できない内容

厚生労働省は8月27日、従来の発表時期よりもかなり遅れて、年金の財政検証結果を公表しました。財政検証とは、5年に1度実施する公的年金の「健康診断」のようなものです。

今後の経済成長、賃金物価の上がり方などによって、現役世代の収入も年金額も変わってくるので、経済の状況をいくつかのケースにわけて、それぞれに将来の現役世代の手取り額と年金額を推計しています。

従来、この結果は5月ごろに発表されていたのですが、今回はその発表が約3か月遅れました。なぜなら、その「検診」結果が思わしくなく、7月の参議院選挙前に国民をがっかりさせる内容を公表して選挙に影響が出ることを政府が恐れたためと見られます。

実際、今回の検証結果からは、若者が将来、年金では暮らしてゆけない悲惨な結果が提示されています。

年金に回る分は年々低下

2019年度の現役世代の月平均手取り額は35万7千円となっています。実感より多いと感じられそうですが、これにはボーナスも含めた平均月額を計算しています。

これに対して今年度の年金額は約22万円です。

この現役世代の手取り額に対する年金額の割合を「所得代替率」といいますが、今年度は61.7%となります。つまり、今年の年金支給額は現役の手取り額の6割強ということになります。

そして今後この「所得代替率」がどうなるかの試算を、今後約30年の経済成長ペース、物価上昇率、生産性上昇率、賃金上昇率、労働参加率などの状況から6つのケースにわけて試算しています。

このうち、経済が最も順調に進んだケース1の場合、つまり年平均成長率が0.9%、物価上昇率が2%、賃金上昇率が1.4%、労働参加も進むといった楽観的ケースでも所得代替率は2046年で51.9%と、大幅に低下します。

もっとも、年金額自体は22万円から24万円に増えるのでごまかされそうですが、その間に現役世代の所得や物価水準がより大きく上昇するので、このケースでも年金の相対的な価値は16%も減ります。

仮に今後の成長率がゼロになり、物価が今と同じ0.8%程度の上昇で、賃金も同程度の増加となると、所得代替率は2052年に46.1%に低下、50%を確保するという政府の約束を守れなくなり、実質的には35%も目減りします。

その上、年金の積立金が枯渇して、今の制度が維持できなくなります。

Next: いずれ現役世代の半分以下に。さらには「無年金」予備軍が大量にいる



支給開始後も目減りが続く

問題は、30年後に今の若者が年金を支給される際に、所得代替率が50%強、つまり現役世代の手取りの半分を支給されるとしても、その比率が以後も保証されるものではないことです。支給開始から20年、30年と経つうちに、この所得代替率はさらに低下して、いずれ現役世代の手取りの半分以下になります。

そしてもう1つ、支給される年金額はすべて使える「手取り額」ではなく、ここから税金社会保険料(介護保険料など)を払います。現役世代の「手取り額」に対して51.9%とか、46.1%とか言っても、年金受給者はここから税や介護保険料など社会保険料を払うので、同じ手取りベースの所得代替率はさらに低くなり、現役の半分には遠く及ばない額しか使えません。

非正規の無年金予備軍

さらに、この財政検証の前提は、労働者が60歳まで年金保険料を払うことを前提にしています。

しかし、最近は労働者の4割近くが非正規雇用になっています。政府が率先して非正規雇用を推進したのは、企業が社会保険料負担を回避し、企業の人件費負担を抑えるためでした。裏を返せば、この制度のおかげで、パートタイマー労働者など多くが厚生年金に加入してもらえず、働いても年金をかけていない人が少なくないことです。

これは将来の「無年金」生活者の予備軍となり、この不十分な年金制度そのものにも入れなく、生活の保障がまったくない人がいずれ大量に排出される可能性を示唆しています。

この脅威を指摘されてか、政府の手違いで「消えた年金」の被害者が多く出たためか、政府は年金受給資格を緩和して、従来25年以上の年金支払いを要件としていたところから、10年以上支払った人にも受給資格を与えることにしました。

これによっていわゆる「無年金」者は減りますが、それでも10年働き、年金を支払った人がもらえる年金は、基礎年金と老齢厚生年金とを合わせても現時点で年40万円前後、月額3万円強で、さらにここから介護保険料が年に5万円余り引かれます。生活保護世帯よりもさらに悲惨な状況で、とても自立した生活はできません。

Next: 国にはもう頼れない……年金破綻か、雀の涙でも制度維持か



制度の維持と水準の満足度は二律背反

もともと年金制度を維持しようとすれば支給額を抑えなければならず、支給額を確保しようと思えば制度が維持できないという「二律背反」の面があります。

今回の検証でも、現役世代の手取り収入に比べて、年金受取額は現在の61%強から、30年後には良くて51%台、下手をすれば40%台まで低下します。

これは、「マクロスライド」と言って、年金支給額を徐々に抑え込む仕組みによります。通常であれば、賃金水準や物価が上がった分、年金支給額もそれにスライドして増えるはずだったのですが、それでは年金制度を維持できないとして、物価や賃金上昇時には、そのままスライドさせずに、例えば物価が1%上がっても年金は0.1%しか増やさない、などとして、年金の改定を抑え込む仕組みです。結果的に年金は徐々に目減りします。

そのために現役世代の手取りに比べて、年金支給額が30年後には半分とか半分以下になるのです。

年金制度を維持しようとすれば、支給額が年々目減りし、年金生活者の生活は毎年切り詰めていかざるを得なくなり、若い人ほど、条件が悪くなるのです。このため、共産党など野党からは年金を目減りさせる「マクロスライド」を止めろと提案されるのですが、政府は「馬鹿げている」と言って相手にしません。

「100年安心」とは、無理やり「制度を維持する」こと

政府の言う「100年安心」は、年金生活が100年間保証されるのではなく、年金制度が100年もつ、というもので、その間、年金生活者はどんどん年金が実質減額され、生活は苦しくなる仕組みになっています。

水準を落とさなければ、年金制度は維持できない、というのが政府の言い分です。

政府にしてみれば、年金額自体は今の22万円から減るわけではなく、むしろ多少なりとも増えるといってごまかしていますが、その間に物価は上がり、世間の賃金が増える中で年金が取り残され、相対的に減り、目減りすることは表に出さないようにしています。

Next: 年金制度をピンチに追い込んだのは日本政府



国にできること

それでもメディアなどから将来不安などを書き立てられ、批判されるので、なるべく定年後も働き続け、年金支給を遅らせてくれれば、年金額が増える、と言って年金支給年齢を引き上げようとしています。

しかし、年金制度を苦しくしてしまった一因は政府にもあります。もともとの設計が少子高齢化を想定していなかったミスはさておくとしても、年金資産に余裕のある時代に、年金福祉事業団などが年金を各地の保養施設建設に使い、バブルが弾けてこれが二束三文になって売却されたり、「消えた年金」のように、掛けたはずの年金が消えてしまう不始末もありました。

さらに、政府は企業の社会保険負担を減らし、人件費を節約するために、率先して非正規労働を促してきました。すでに全体の4割近くが非正規雇用で、労働時間の短いパートや中小企業は、彼らの社会保険負担を免除されています。

それだけ、年金制度を支えるはずの人が少なくなってしまいました。企業のコスト負担を軽減した分、年金制度が弱体化しました。

それだけに、政府がすべきは、定年を遅らせて年金支給時期を遅らせたり、マクロスライドで年金を減らすことではなく、非正規労働者も年金制度に組み入れ、企業に半分年金負担をさせるべきです。

企業はこれまで人件費が抑えられて利益を増やしてきましたが、その使い道がなく、結局内部留保に貯めこんでいるだけです。それならむしろ非正規も含めて、年金の半額負担に回すほうが、世のため人のためです。

個人の防衛策

しかし財界は、人件費増につながる非正規雇用への年金負担には抵抗しています。政府も企業も当てにならないとすれば、最後は個人が自衛せざるを得なくなります

厚生年金を負担してくれる企業で働く人は、なるべく長い期間働けるようにして、年金支給時期を遅らせることで、受給時の年金受取額を増やす手があります。

もっとも、企業によっては年金負担をしてくれないところもあり、そうした企業で働く人は、自分でコツコツ貯めて、将来の年金分を自ら作るしかありません。

その際、iDeCo(イデコ)と言って、非課税で「老後資金を自分で作る制度」があります。60歳まで毎月一定の額を拠出して、投資信託や保険商品、定期預金などで積み立て、60歳以降にこれを年金として受け取るものです。

Next: 景気は悪くなるばかり。現在の若者はもう老後を年金に頼れない



若者はもう老後を年金に頼れない

結局、今回の「財政検証」で分かったことは、現在の若者は老後の生活を年金には頼れないということです。

そうであれば、個人にできることは、少しでも長く働き、その間にコツコツ貯めて自力で老後の備えを作るしかないということになります。

それでは景気は悪くなるばかりです。年金制度を強化する「防波堤」の設計、建設が不可欠です。

続きはご購読ください。初月無料です

【関連】天才投資家ジム・ロジャーズが日本人に警告「年金はあてにするな。早く海外へ逃げろ」=花輪陽子

【関連】消費増税は最悪のタイミング。低所得者と老人の生活を壊し、企業と富裕層を喜ばせる愚策=斎藤満

【関連】年金支給は完全終了へ。史上空前の運用大失敗で2000万不足どころの騒ぎじゃない=今市太郎

<初月無料購読ですぐ読める! 9月配信済みバックナンバー>

※2019年9月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。

2019年9月配信分
  • 世界景気の後退を示唆する貿易の縮小(9/2)

いますぐ初月無料購読!


※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年8月14日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

【関連】経財白書まで忖度。非正規雇用の増加、日本的経営の破壊は安倍政権の功績なのか?=斎藤満

【関連】N国党の躍進は、平均年収“民間の3倍”の銭ゲバNHKに国民が激怒した証拠=鈴木傾城

【関連】しまむら、客離れ加速で業績悪化。ユニクロを目指して主婦に嫌われる大失策=栫井駿介

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2019年9月2日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

マンさんの経済あらかると

[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。