「米中関係の雪解け」は市場の勘違いかもしれません。アメリカによる中国経済への攻撃はこれからが本番。日本政府や日銀は巻き添えにならないよう注意が必要です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年10月16日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
水面下で継続するトランプの「中国潰し」と、日銀の想定外とは?
縮小を続ける中国の輸出入
中国の貿易の収縮が止まりません。中国税関総署が14日に発表した9月の貿易統計によると、9月のドル建て輸出は前年比3.2%の減少となり、前月の1.0%減からさらに悪化しました。米国が9月から関税を課した影響と、前月の駆け込みの反動が重なったと見られます。
一方、輸入も9月は前年比8.5%の減少と、前月の5.6%減を上回る大幅な減少となりました。これで5か月連続の減少となります。輸入の減少は中国の国内需要が弱いことを示唆しますが、中国政府は1年以上にわたって景気テコ入れ策をとっています。
それでも、ここまでその成果が見られず、国内需要の低迷が輸入の縮小をもたらしています。
中国の貿易を圧迫している対米不均衡はいまだに目立った改善が見えません。今年1-9月通期の対米輸出は前年比10.6%減少していますが、米国からの輸入は26.4%も減少しているため、対米黒字が減りません。足元の対米黒字も年率で3000億ドルを超える水準が続いています。
IMFの警告
中国の輸出の減少は中国経済の問題で済みますが、輸入の減少は周辺国の対中国向け輸出の減少をもたらし、日本も含むアジア周辺国やドイツなど欧州経済にも大きな打撃となっています。
世界貿易の伸びが今年になって止まってしまい、やや縮小を見せているのも、大国中国の輸入減少が大きく寄与しています。
IMF(国際通貨基金)は先週、米国の関税政策により、世界貿易の伸びが止まり、世界のGDPは2020年までに0.8%程度奪われ、2010年以降最も低い成長率に落ち込んでいると警告しています。
IMFはこれまで中国の景気対策が効果を見せ、今年後半から世界景気は回復するとの前提を持っていましたが、これが大きく崩れていることを認めたことになります。
部分合意で納得しない米国
先週末、米国が中国との間で通商交渉の「部分合意」をしたと報じられ、あわせて15日から予定されていた追加関税の見送りを決めたことから、市場には米中関係の雪解け、摩擦緩和の期待が高まりました。
しかし、トランプ大統領はこれを「第一段階の合意」と言い、今後、第2段階、第3段階の交渉が必要と言っています。
第1段階の合意では、米農産物の大量輸入のほか、知財権侵害への対応、金融サービス面での中国の譲歩を得ました。しかし、トランプ大統領が求めている中国企業への国家補助金の停止や、技術の強制移転などは含まれていません。
しかも、今回の「合意」も文章化されていません。大統領の「署名」に至るまでにまだステップがあり、楽観は許されません。
また、15日からの追加関税賦課は見送られましたが、もともとかけられている関税はそのままで、その分の中国の関税負担、輸出への打撃が軽くなるわけではありません。
先週の「部分合意」は、中国経済にとって、ほとんど負担軽減にはなりません。追加負担が当面回避されたにすぎません。週明けの米国市場ではこの不安がちらつくようになっています。
Next: アメリカによる中国経済への攻撃はこれからが本番だ
対中投資制限は危険な賭け
米国の中国に対する姿勢は、この「部分合意」とは裏腹に、別の面では一段と強硬になっています。
例えば、前にもご紹介した米国の中国企業に対する投資制限の動きが始まっていることです。
関税策が輸出など「実物経済」に負担となる一方で、対中投資制限は、中国の金融面、特にドル資金調達に大きな制約となり、これが中国経済には「貧血」を起こす要因になりかねません。
中国企業はすでにGDPの2倍を超える巨大な債務を抱えていて、その中にドル建て債務など、外貨建ての債務も少なくありません。
そもそも、中国がここまで高い成長を維持してこられたのも、海外からの投資マネー、資金流入によって支えられた面が大きいと言われます。
その投資マネーが制限されれば、それだけ中国の成長力は低下します。さらに返済用の資金調達にも窮します。
米国の中国経済への攻撃は、輸出など実物経済面からだけではなく、金融と両面からの攻撃となりつつあります。金融が制限されると、仮に貿易摩擦が解消しても、中国経済は成長が大きく制約されます。
そして最近では中国の人権問題にも米国が口を挟むようになっています。新疆ウイグルでのイスラム教徒の弾圧や、香港での市民弾圧に、米国は強い関心をもっていて、ウイグル族問題では中国政府の関係者に制裁を科す動きが始まりました。香港でも人権弾圧となれば、米国が動く可能性があります。
Next: 日本を襲う「想定外」に安倍首相や黒田総裁はどう動く?
日銀の景気の前提が崩れる
こうした問題が重なって、中国の貿易の収縮が長く続く形になっています。中国の経済指標の中には信頼性に疑義のあるものが少なくありませんが、貿易統計は相手のある統計ゆえに、誤魔化しがしにくいものです。それだけ、中国の経済指標の中では、中国経済の真相に近いものを示している可能性があります。
日本政府や日銀はこれまで、中国の景気対策の効果から、今年後半以降、世界経済は回復に向かう、ということを前提に景気判断をしています。
昨日の日銀支店長会議でも黒田総裁は、輸出や生産が弱いことは認めつつ、それでも「景気は緩やかに回復を続ける」との認識を続けています。この背景には、中国を中心に、世界経済が今年後半から回復に向かうことが前提としてありました。
しかし、今年もすでに「後半」に入っていますが、中国の貿易統計は、中国経済がいまだに回復ではなく、景気悪化が続いている可能性を示唆しています。
日銀の黒田総裁も、中国経済については回復が後ずれしていることを認めています。IMFのように、2020年に向けて世界経済が弱いとなれば、政府日銀の「前提」も崩れます。
安倍政権も日銀も、緊急での景気対策には二の足を踏んでいるように見えます。トランプ政権による中国攻撃が続く中で、FRBによる追加利下げだけで、世界経済の不振を脱却できるのか、不安が募ります。
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- 危険な中国経済回復期待(10/16 )
- 世界に2つの「債務爆弾」(10/11)
- 景気後退の中で消費税を引き上げた?(10/9)
- イールドカーブ修正、本気なら金融株買い(10/7)
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- 爆弾を抱える米国の中国向け投資制限(10/2)
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『マンさんの経済あらかると』(2019年10月16日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。