支持率低下に苦しむ安倍政権は、起死回生策として衆議院の解散・総選挙で国民の信を問う準備をしていると言います。生活に困っている国民はいつも後回しです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
護身解散に強い逆風
支持率低下に苦しむ安倍政権は、起死回生策として衆議院の解散・総選挙で国民の信を問う準備をしていると言います。
自民党の甘利税調会長はロイター通信のインタビューで、秋の解散を匂わしていました。追加の景気対策を打ったうえで憲法改正を大義とする解散のようです。
しかし、これは明らかに安倍総理の護身策で、今回ばかりは政権幹部がこれを阻止する構えです。
菅官房長官は22日の会見で、解散風について問われ、「私にはまったく感じられない」とそっけなく否定しました。通常なら、官房長官の立場を考えると「総理が決めることですから」とさらっとかわすところ。今回はそうした配慮も見られず、総理との関係が冷めている可能性を示唆しました。
また公明党の山口代表も23日には「コロナ感染の第2波、第3波に備えるのが最優先」と言い、解散どころではないとの考えを示しました。総理がそれでも無理に解散に踏み切るようなら、公明党は選挙協力はしない、との強い姿勢を匂わしています。
そうなると、とても選挙にならないと自民党幹部は震え上がります。総理もさすがに解散カードを切りにくくなりました。
憲法の本質を知らない改憲姿勢
そもそも、解散の大義に利用されようとしていた憲法改正が、ご都合主義丸出しで、憲法の本質と逆行する無謀なものです。
本来、憲法とは国のトップが国民の利益に反する勝手な行動をとらないよう、政府の行動を制限し、国民の自由を守るために制定されたものです。従って、改憲が必要となれば、国民が発議するべきもので、いやしくも政権側が言い出すようなものではありません。
憲法の本質を理解するためには、その基本となった「マグナ・カルタ(大憲章)」を理解する必要があります。これは1215年6月、英国で時の支配者、ジョン王の無謀な行為によって国民の生命、財産、自由が脅かされないよう、諸侯と都市の上層市民が立ち上がり、王への忠誠破棄を宣言して立ち上がりました。
そして勝ち得たのが「国王の徴税権の制限」「都市の自由」「不当な逮捕の禁止」などです。
当時、英国はフィリップ2世が率いるフランスと戦っていて、ジョン王はフランスに出兵するため、都市に莫大な軍役や税金を科していました。その横暴を制限するために、ジョン王に飲ませたのが「マグナ・カルタ」で、後の憲法の基礎となります。
Next: 安倍政権はこの7年半の間に、国民の自由ではなく、政権の権限を強化する――
すでに憲法解釈を歪めていた
安倍政権はこの7年半の間に、国民の自由ではなく、政権の権限を強化するための憲法改正を進めようとしてきました。
表向きは「米国からの押し付け憲法ではなく、自らが制定する憲法を目指す」としていますが、本質は「為政者の権限強化」で、そのための憲法9条改正や改憲発議をしやすいように修正を考えています。
それが容易でないとなると、憲法の解釈を政権の裁量で変え、さらに安保関連法案を通じて、反政府的な動きをする向きには監視を強め、言論の自由を奪う方向で「運用」してきました。憲法改正にたどり着けなければ、その解釈、運用で政権の力を強化しようとしてきました。
これは憲法の本来の趣旨と真っ向から対立するものです。
政治の私物化放題
安倍政権が政治を私物化していることは、もはや広く国民が感じるところとなりました。
政権に都合の良い憲法にすることを離れても、最近の例だけでも「桜を見る会」に地元支援者優先の飲食にカネを使い、「もり・かけ」など、自分に近い人物に利益を優先的に配分し、その見返りをキックバックや献金で回収するやり方を続けてきました。
大学入試の業者選定でもこの手法を使いました。
コロナ支援策と称し、各種給付金の支給に当たっても、関係省庁や自治体がITを活用して行うのではなく、電通やリクルートなどに何百億円もの業務委託費を払って仕事を回し、さらに彼らは再委託、再々委託で手数料の中抜きをする事態が報じられ、国民の批判を浴びています。
米国では3月に決めた1人1,200ドルの給付金が4月には支払われましたが、日本ではまだ一部しか受け取っていません。
困っている国民のことよりも、親しい業者に仕事を回すことを優先し、自らを利する政治姿勢が明らかになり、支持率が大きく低下すると、これに危機感を覚え、解散・総選挙で仕切り直しをしようとしたわけです。
Next: 国民の多くがコロナ禍で苦しんでいる現在、安倍政権がまず考えるべきは――
改憲の前にまず憲法遵守
国民の多くがコロナ禍で苦しんでいる現在、安倍政権がまず考えるべきは、憲法改正で政府の権力を強めることではなく、国民の生存権を保証した憲法25条を遵守することです。
ここには第1項として、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」、第2項に「国はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあります。
ところが、政府はコロナで職を失った人々や営業を自粛させられ、収入の途絶えた事業所に十分な救済策が打たれず、健康で文化的な最低限度の生活もできない人々が放置されています。
また感染対策、予防策も、検査を受けたい人も受けられず、病院の受け入れ態勢も限界で、救急車でたらいまわしになるケースが多く報じられています。公衆衛生、医療体制の向上が急務です。
少なくとも、今回のコロナ危機で分かったことは、憲法25条に掲げられた最低限の生活保障もできていないのです。
改憲論議は、現行憲法を順守してなお国民を守れないとなった時に、まず国民が考えるべきものです。
改憲なら国民目線を
それでも憲法を改正したいというなら、まず総理の解散権を制限すること、そして大規模な予算、補正予算を組んで一部業者に利益が優先配分される事態を監視、チェックするために、予算だけでなく決算の開示を義務付け、会計検査院のチェックを公表する必要があります。
また、官房機密費なども、国民の税金を使う限りは極力開示させる必要があります。メディアとの会食費を秘密にする必要などありません。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年6月26日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。