終わりの見えない新型コロナパンデミックのもとで、主要国の間では理屈抜きの積極的な金融財政支援策が打たれています。昨年、賛否が分かれ、論議を呼んだ「現代金融理論(MMT)」が実質的に実施されつつあるともいえます。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年9月23日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
コロナ禍で主要国の財政急拡大
世界の主要国で、大規模なコロナ対策が打たれ、財政赤字が拡大しています。
「小さな政府」を標榜する共和党から大統領を出している米国ですら、2020財政年度の連邦財政赤字が3兆ドルを超え、GDPの2割に迫りました。その上さらに追加のコロナ対策が検討され、共和党は減税主体に数千億ドル、民主党は給付金主体で2兆ドル余りの追加策を主張しています。
日本でもすでに233兆円余の事業規模を持つコロナ対策が実施されましたが、それも息切れが見え、倒産廃業、失業の危機にさらされています。
内外からの顧客減少で経営が行き詰まる観光業ばかりか、飲食業、宿泊業、レジャー施設も危機に面しています。このため、菅政権も「Go To」キャンペーンの拡大を進め、トラベルに東京を加えたほか、飲食、レジャー関連の需要拡大策も打ち出す意向です。
また消費喚起策として自民党内では若手を中心に消費税引き下げ、ないし廃止案も検討されていましたが、財務省が抵抗し、消費税の減税は難しくなりました。その代替案なのか、給付金の追加が検討されていると言います。いずれにしても追加の補正予算となる可能性が高まっています。
分裂危機にあったユーロ圏も共同債発行で一致団結
ユーロ圏でも画期的な動きがありました。これまで金融、通貨は統合されたものの、財政統合がなされず、国債発行など財政政策は各国に任されてきました。しかし、コロナでイタリアやスペインが苦境に陥り、ユーロ圏全体で何らかの救済策が必要との認識が広がりました。このため、財政赤字に慎重だったドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領が発起人となって、5,000億ユーロ規模の救済基金設立を提案しました。
これが最終的には7,500億ユーロ規模のコロナ対策となってまとまり、その資金調達として共同債を発行するということになりました。財政統合ができていないユーロとしては画期的なことです。しかも、均衡財政にこだわってきたドイツからのオファーによります。このうち、5,000億ユーロは無償で与えられ、2,500億ユーロ分はいずれ返済が必要になります。
この支援策により、イタリアが818億ユーロ、スペインが773億ユーロの援助資金を手にするといわれます。
Next: すでに日米欧はMMT(現代金融理論)の実験場になっている
中銀が債券買い入れで支援
注目したいのは、こうした財政支援を中央銀行関係者が口にするようになったことです。
従来、中央銀行は財政とは一線を画し、財政政策には口を挟まないようにしていました。日銀は今でもこれを通しています。しかし、米国ではこれまでグリーンスパン議長(当時)以外は口を閉ざしていた財政問題に、FRB幹部が積極的に発言するようになりました。
パウエル議長のみならず、地区連銀総裁や理事までもが財政によるコロナ対策の必要性を訴えています。
そして何より、中央銀行がこぞって国債など債券の買い入れで財政政策を側面支援しています。FRBや日銀はいずれも「必要なら無制限の買い入れも」と言っています。日銀はこれまでこっそりと国債の買い入れ規模を落としてきましたが、今後も国債の増発が進み、長期金利に上昇の動きが見えれば、機動的に国債買い入れ額を増やす意向のようです。
FRBもジャンクボンドの買い入れまでしているわけで、信用格付けの低い社債を買うくらいなら、国債の買い入れを増やすほうが無難です。ここまでは月々の買い入れ額を定めていますが、今後これを増額したり、上限を外してくる可能性もあります。
ECBもコロナ支援策として発行された共同債を購入することで、資産買い入れがこれまでよりも容易になります。これまではドイツ国債が少なく、買い入れの上限にヒットしてしまい、ルールを変えろとの議論もありました。共同債の買い入れによって、流動性の供給余地が高まります。
事実上のMMT
このように、日米欧がこぞって中央銀行の支援の下で積極的に財政赤字を拡大しています。これは昨年大きな議論を呼んだ「MMT(現代金融理論)」を事実上、実験的に始めたようにも見えます。
MMTは米国のステファニー・ケルトン教授らが提唱し、米国の民主党がこれをもとに財政拡張主義を唱えた経緯があります。
この考えでは、「自国通貨を発行できる中央銀行を持つ国は、財政赤字を気にせずにどんどん国債を発行して景気対策に使うことができる。中央銀行が通貨を刷ればよいので、政府は財政赤字を心配しなくてよい」というものです。
厳密にいえば現在主要国がやっていることはこのMMTとは異なりますが、中央銀行が支援して政府が財政赤字を拡大する形は、事実上のMMTに近いものです。中央銀行が刷った紙幣を直接政府が使うわけではありませんが、政府が発行した国債を中央銀行が買い取り、資金を供給しているので「疑似MMT」といえます。
Next: 「コロナだから」で正当化できるのか?巨額財政支出の出口は見えない
コロナ最優先、財政赤字の議論は吹き飛んだ
そしてこの議論の分かれたMMTを自然に受け入れさせたのが、今回の新型コロナです。
この春、世界の主要国で大恐慌以来と言われる大幅なマイナス成長を記録し、世界で3千万人以上が感染し、死者が100万人を超えても、なお感染の収束が見えません。
各国ともにコロナ対応が最優先される中で、財政赤字の議論は吹き飛び、疑似MMTが正当化されるようになりました。
ただ、MMTと異なるのは、中央銀行が紙幣を刷って国債という借金を消しているわけではなく、政府が大きな公的債務を抱え、一方で中央銀行が巨大な国債を保有している形でバランスしています。
ですから政府と中央銀行のバランスシートを合体させ、統合すれば債権債務が相殺されるのですが、単体としてはそれぞれが大きな債務と資産を抱えた形になります。
コロナバブルは無傷で着地できるのか?
また、中銀が財政赤字分を紙幣増刷してばらまいているわけではなく、中銀は民間銀行から国債を買い、その代金のほとんどは民間銀行が中銀に持っている当座預金に振り込まれます。
つまり、中銀が国債を購入した代金は市場に出ずに、中銀の当座勘定にとどまっているので、モノやサービスに対して貨幣が過剰になり、インフレになるというリスクは小さくなっています。
それでも財政と金融が協力して流動性を大量に供給している点を市場が評価して、各国の株価を押し上げ、「コロナバブル」と言われるほど、株高をもたらしました。
問題は、純粋MMTと違って政府の債務はいずれも拡大していて、中央銀行の保有資産も異例の拡大をしています。これが相殺されない限り、それぞれに将来これを減らす「出口策」が意識されます。
それをどうさばくかが、財政金融当局に課せられた大きな宿題となります。市場に混乱を与えないように、矛を収めなければなりません。
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- 新型コロナで事実上のMMT(10/2)
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『マンさんの経済あらかると』(2020年9月23日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。