国全体の統計では景気回復が見られますが、個人の景況感は3月から継続して悪化しています。輸出・生産は回復傾向にありますが、雇用賃金に反映されていません。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年10月27日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
個人の景況感はさらに悪化
日銀の「生活意識に関するアンケート調査」(9月調査)によると、個人の景況感は国全体の景気回復とは裏腹に、むしろさらに悪化していることがわかりました。
3か月に1回調査されるこのアンケートによると、3月から6月にかけてコロナの影響で景況感は急速に悪化しましたが、今回9月調査ではその6月からさらに悪化を見せています。
※参考:「生活意識に関するアンケート調査」(第83回)の結果 – 日本銀行(2020年10月22日配信)
1年前と比べて景気が「良くなった」と見る人の割合から「悪くなった」と見る人の割合を引いたDIでみると、コロナ前の昨年12月がマイナス29.8であったのに対し、国内の感染が判明し、拡大を見せ始めた3月にマイナス36.3に、さらに6月には緊急事態宣言が解除された後ながらマイナス71.2に大幅悪化、そして経済再開、規制緩和が進んだにもかかわらず9月はマイナス75.6と悪化がさらに進みました。
6月、7月には特別給付金が9割がた支給され、9月には「GoToトラベル」などで旅行の大幅割引措置がとられ、家計や観光関連業を政策面から支援しました。
しかし、個人が感じる景況感はさらに悪化する結果となっています。
国全体の景気指標は回復している
ところが、国全体の景気指標の多くは、今年5月を底に、その後は急回復を見せています。
日銀の「実質輸出」は、7-9月期に前期比13.3%増と、2桁の増加を見せています。これに伴って生産も急回復し、7-9月のGDP(国内総生産)は前期比年率で25%以上の高い成長率となった可能性があります。
※参考:実質輸出入の動向 – 日本銀行
各種指標を集めた内閣府の「景気動向指数」の一致CIも、これまでの「悪化」を脱し、「下げ止まり」に変化しました。個人向けにも特別給付金は5月から8月までにほぼすべての世帯に行き渡り、「GoToトラベル」キャンペーンで8月、9月の宿泊代は前年比30%低下し、物価全体を0.35%も押し下げ、その後は「GoToイーツ」も加わり、飲食料金の補助も行われています。
※参考:統計表一覧:景気動向指数 結果 – 内閣府
それでも個人の景況感は改善に結びついていません。キャンペーンの利用者が感染しても重症化リスクの小さい若者が中心ということもありますが、そのキャンペーンもいつまで続くのかわからない「一過性」との思いもあるようです。
特別給付金10万円も、使ってしまえばそれで終わりです。
Next: 輸出・生産は回復も雇用は悪化。さらに国民を物価高が襲う
雇用賃金に結び付かない回復
つまり、政府のコロナ対策も、感染の抜本的な抑制策ではなく、特効薬の開発にも至らず、企業活動の根本的な改善策になっていません。
金融支援も含めて、対策の多くは一時的な「痛み止め」効果しかなく、根本的な治療にはつながらないため、企業は「危機モード」から解放されません。その分、投資も雇用も抑制し、コストの中でも最大の人件費の抑制に注力しています。
実際、輸出や生産は急回復したものの、雇用、求人は減少傾向にあり、失業率は昨年平均の2.4%から足元は3.1%に上昇しています。厚生労働省はコロナ関連の解雇、雇止めが10月16日時点で6万6,600人に達したと言っています。
業種別では製造業の1万2,160人が最大で、次いで飲食業の1万300人、小売りの9,100人、宿泊業の8,200人と続いています。地域ではやはり東京が最も多く、1万6,500人となっています。
ここへきて老舗の料亭、旅館も廃業に追い込まれるところが増えていて、今後はこれに伴う失職者も増える懸念があります。キャンペーンが行われている間でも、客は高級店、高級ホテルに偏り、客が戻らない飲食店、宿泊施設は依然として経営危機にあえいでいます。
キャンペーンが終了したときに、どれだけ客が戻っているか、その時の感染状況によっては、また落ち込むところが増える可能性があります。
そうした状況を考えれば、企業も雇用の増加には慎重になり、一部の人手不足部門を別にすれば、賃金も抑制され、ボーナスはさらに減少する可能性があります。ジョブセキュリティが保証され、給与の上昇期待が戻るまでは、個人の不安は解消されず、景況感はなかなか改善しそうにありません。
政府は正月休みの延長を企業に求めていますが、仕事の機会を奪われるパートには不安要素となります。
物価高の重し
個人の負担になっているもう1つの要素が、物価高です。
総務省が発表している消費者物価、特に日銀が物価の尺度にしている「生鮮食品を除いたコア」の物価は、このところ前年比マイナスとなることがあり、物価は下落していると言っています。
ところが、個人が肌で感じる物価は、「かなり上がった」と「少し上がった」を合わせると、65.9%の人が「上がった」と感じています。
この割合は、3月の64%、6月の63%からむしろ高まっています。しかも、個人が感じるこの1年間の物価上昇率は、平均値で3月が4.0%、6月が4.8%、そして9月は5.1%に上昇しています。
個人が日ごろスーパーや食品店でみる食材が大きく上がったこともありますが、「GoTo」などを利用しない人々や幼児教育無償化の恩恵を受けない人々には、物価は上がっている、との印象が強いことを示しています。
特に、コロナの感染が拡大してからは、マスクが入手困難となり、アルコール消毒液や各種衛生用品やカップ麺などの「値引き」がなくなり、実質値上げが進み、パンや乳製品など大きさ、内容量が減って実質値上げされたものも主婦には「値上げ」の印象を強くしたと見られます。
Next: どうすれば景気回復を実感できるのか?
円高のメリット生かす
こうした状況で個人の景況感を回復させる手段としては、雇用賃金の確保と物価の安定があります。
そのうち、雇用賃金については企業が経営環境の安定化を確信するまでは難しい面があります。その中で個人に還元できる政策としては、携帯料金の値下げとともに、円高を受け入れ、そのコスト低下効果を活用し、輸入食材中心に物価を下げ、個人の購買力を高めることです。
米国はすでにドル安政策に転じていて、放っておけば円高になりやすい環境にあります。
それを日銀がマイナス金利など無理をして円高回避をするのではなく、緩やかな円高を受け入れることで、銀行にも負担をかけずに実質的な減税と同じ効果を得られます。
輸出企業には負担ですが、今苦しんでいる企業は観光業など、消費関連です。円高で消費者が購買力を高め、消費を増やせれば、観光や飲食業にも恩恵となります。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年10月27日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。