逆風のアベノミクス、この3年間で「何も起こしてない」のになぜ?

 

さまざまな方面の専門家が言及する「アベノミクス」失敗論。GDPマイナス成長の発表があったことで、さらに非難の声が高まりそうな予感もしますが、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんは、アベノミクスは良くも悪くも「何も起こさなかった」と結論付けています。その真意とは…?

何も起こさなかったアベノミクス

先々週一週間の世界市場は大変な動揺を見せました。原油安は止まらない気配で、1バレル20ドル台になっていますし、各国の株式市場は大きく下げています。こうした流れの中で、日本でも「円高株安」が大きな問題になりつつあります。

そんな中で、日本経済が混乱したのは「アベノミクス」のためだというような「糾弾モード」の論調も見られます。そして、2月15日(月)に発表された2015年第四四半期(10~12月期)のGDPが前期比でマイナス0.4%、年率換算ではマイナス1.4%という予想外に悪い数字(速報値)となりましたから、益々「アベノミクス」については、悲観論もしくは批判論が拡大しそうなムードです。

ですが、日本経済の現状を見ると、「アベノミクス」に責任を押し付けるのは少々筋違いであったと言わざるを得ません。正確に言えば「アベノミクス」はこの3年間の日本経済に「特に弊害はなかった」一方で「何も生まなかった」、つまり「何も起こさなかった」ということが言えると思います。

一つの証拠は、先々週の日本株の動きです。一時期は2万円をつけていた日経平均が1万5千円を割るというのは確かにショックですし、そもそも一日700円というような乱高下は、見ていてハラハラさせられるのは事実です。

ですが、よく見ていくと日本株が下がっているのは、何も日本経済に絶望しての「投げ売り」が起きているわけでもないし、日本企業の「業績の見通し悪化」によって売られているからでもありません。というのは、トヨタや、ソニーなど日本の規模の大きな企業は、すっかりグローバル化しており、まずNY市場で評価が決まるからです。

そのNY市場で株価が全面安になって2%下がるとします。同時に世界市場が荒れて2%円高になったとします。そうすると、同じ日本企業の株は、NY市場で2%下がった価格を円に倒すだけで「0.98÷1.02≒0.96」、つまり4%下がることになります。更にNYが夜の間に日本市場で売られて1%下げれば、1日で5%の下落ということになります。あくまで円で見ていればそういうことです。

反対に、2%円安になればほぼ自動的に2%株高になりますが、それも「円安で輸出が伸びると好感して」上げたわけではなく、単に「同じ価値を円で換算した」だけということです。どうしてそんなことになるのかと言うと、現在の巨大企業の場合は、収益の源泉は海外であり、収益はドルで確定することが多いからです。それを円で見ればそうなるということです。

では、どうして「アベノミクス」をやったのかというと、私は「やらないよりはやったほうがまし」という考え方に立っていました。基本的には、それでも「円で見れば株高」には間違いないので、株の売却益が内需を後押しするということがあるし、円で見れば「海外からくる利益が大きくなる」ので、その改善分が日本企業の「あくまで円で見た」収益を良く見せるということがあり、その「余裕」を使って「競争力のなくなったものを捨てる」という「損切り」ができると考えたからです。

そして、そのような「円安による余裕」がある間に、日本経済を引き締まった体質、時代の最先端で競争力を持つ体質に変えることができると思ったからです。ですが、基本的には「何も起きない」ことは、ある程度は想定済みでした。なぜならば、それぞれの大企業は「海外での収益は海外に投資する」のが主で、儲かったカネを日本に持ち帰ることはないと考えられたからです。

ちなみに、東芝の苦境は「海外で損を作ると、円安のために円で見ると損が膨張する」という「円安メリットの反対のことが起きたからとも言えます。

いずれにしても、「アベノミクス」のために株安と経済不安が起きたという批判は当たらないと思います。問題があるとすれば「アベノミクス」で余裕がある期間に、日本経済の改革をすべきだったのですが、それができていないということです。その点に対する批判はされるべきですが、円安誘導に関しては、そのために日本経済が傷ついたという批判は説得力を持たないように思います。

 

print
いま読まれてます

 

冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋

著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
≪無料サンプルはこちら≫

  • この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け