さよならイギリス。EU脱退は「衆愚政治」のなれの果て

 

キャメロン首相の罪深さ

それにしても、保守党のキャメロン首相が3年前に国民投票の実施を公約したこと自体が、安易なことだった。ギリシャの財政危機をきっかけに、英国では「ギリシャの怠け者どもを我々の税金で救うのか」といった感情的な世論が広がり、それを背景に保守党内でも反EU勢力が力を増して党内運営が行き詰まった。それに対してキャメロンは、「国民投票を実施するからそれまでに十分議論をすればいいじゃないか」という極めて安易な宥(なだ)め方をした。それならそれで、残留と離脱の利害得失を示す判断材料を提供して徹底的な国民的議論を組織しなければならなかったが、たぶん「まさか離脱には行き着くまい」という甘い見通しがあったのだろう、ろくな努力もしないまま投票日を迎えてしまった。

結局、政局乗り切りの手段として国民投票を弄んで、英国のみならず世界に災禍をもたらしたわけで、その点では、自己都合だけで総選挙だダブル選挙だと騒いで国民に迷惑をかけてきた安倍晋三首相と似たところがある

73年に英国が遅ればせながらEUに加盟した時、この国の経済は「英国病」とまで呼ばれる症状に苦しんでいた。そこから脱却するについて、79年に登場したサッチャー政権の国営企業民営化、規制緩和、財政緊縮など新自由主義的改革は一定の効果があったが、それでも不況は続き、財政赤字も解消することはなかった。ようやく97年に登場したブレア労働党政権に至ってサッチャー主義の行き過ぎを是正しつつ財政赤字を克服し、01年に「英国病克服宣言」を発することが出来た。しかしそれもこれも、実はEUの単一市場にアクセスすることが可能になり、広く欧州との交流を深め、長期投資を受け入れ、人材の供給も得るなどの条件があって初めて達成されたことである。

英国経済にとってシティの金融機能は宝物で、そのお陰で英国の金融業が生み出す付加価値はEU内でダントツトップの25%のシェアを持つ。それを支えてきた核心となる制度の1つは、英国の金融当局から取得した金融業の営業免許があればすべてのEU諸国で業務が出来る「シングル・パスポート・ルール(単一免許制度)」である。これがあるからこそ、世界中の金融業者はまずロンドンに進出して、そこを拠点として欧州全体に事業を展開した。もしこのEUとの間のルールがなくなれば、シティが衰退に陥ることは確実と見られている。今後2年どころか5年も10年もかかると言われているEU離脱交渉の中で、「このルールは残してくれと懇願しても欧州側は聞く耳を持つだろうか

欧州から人材が集まらないだけでなく、英国の若者たちが外へ出て行く傾向も強まるだろう。大学卒の若い人たちの間に残留派が圧倒的に多かったのは当然で、この人たちは「エラスムス計画」の下で、欧州各国に留学してたくさんの仲間を作り仕事のチャンスも見つけている。

EUが80年代から追求してきたこの計画は、これまでの「よき英国人、よきドイツ人」等々を作ろうという「国民教育」の観念を脱却して、何国人であっても自国語の他にもう1つ以上の欧州言語を使いこなす「よきヨーロッパ人」を育てようという目標に向かって、大学の単位の共通化やカリキュラムの調整、教員の相互派遣など、気の遠くなるような面倒な作業を積み上げて、「ヨーロッパ合衆国」という夢を実現する下地を作ってきた。エラスムス計画の下で勉学を続けたいイングランドの学生が、アイルランドに国籍を移すという動きが早くも始まっているという報道もあった。そう聞くと、何やら取り返しのつかない道に英国は踏み出してしまったのだと実感する。

キャメロンの短慮によって、英国は再び新しい「英国病」に転がり込んでいく可能性が大きい。

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