精神病院がない国、イタリア。なぜ日本でも同じことができないのか?

 

「精神病院」を廃止した、とあるのは、正確に言えば「精神病院を生み出す社会制度の変革」とされ、この基本の法律が紹介文にもある通称「バザリア法」。正確には法180号である。

バザリアとは改革の中心人物である精神科医の名前。1971年に彼は改革の現場となった北イタリアに位置するトリエステのサン・ジョヴァンニ精神病院で改革に着手した。この病院では当時入院患者1182人中、90%以上が強制入院の環境。

バザリアはまず、医師と患者が主従であった関係を、医師と患者は「協同者」と位置づけた。その上で治療に関してミーティングを積極的に行い、それをオープンにし、ショック療法や身体拘束具の使用禁止、パーティの開催、患者新聞の発行、男女混合病棟の実現、街への自由外出と金銭所持を認める、などで、大きく言えば、患者の権利獲得、そして病院職員の意識改革、同時に周辺への啓蒙であった。
これが法律へと結実するのである。

この時代背景にはイタリアの労働運動がある。労働者が結束し権力や資本と立ち向かい権利を獲得する風土である。バザリアの取組みが法制化されたのも、労働者がこの権利獲得の動きに呼応したから。

この精神医療の改革運動は「トリエステの改革」もしくは「精神病院の廃絶」をキーワードとして日本にも伝わっているものの、日本での模倣者は多くはない。北海道・浦河の「べてるの家」は、この考えに近く、地域と障がい者が垣根なく暮らす風土を作ってきたが、この運動の中心にいる向谷地生良さんは医師ではなく、ソーシャルワーカーである。彼が孤軍奮闘し、風土を変えてきた。

日本で医師が改革するには、制約があるのかもしれない。ならば、私のような非医師であるからできることがあるはず、と考えて、就労移行支援事業所でも出来ることを少し実践してきた。この実践を本欄でさらに紹介しながら、精神保健領域での社会への理解の輪を広げようと考えている。

image by: Shutterstock

 

メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』より一部抜粋

著者/引地達也
記者として、事業家として、社会活動家として、国内外の現場を歩いてきた視点で、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを目指して。
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