マリー・アントワネットも虜に。伝統工芸「漆」は日本を救うか

 

世紀の未来を開くのは

漆工芸のプロセスを見て感じることは、まずこの伝統技術が自然現象に対する実に細やかな観察に基づている事である。漆の乾燥には高い湿度が必要だ、というような発見が、どれだけの長年月の試行錯誤と観察の上になされたものか、まさに想像を絶する。

それは現象を極端に単純化した上で法則化する西洋近代科学のアプローチとは異なるが、ラッカーゼ酵素の働きを巧みに生かすなど、自然の物理的化学的法則性を見事に活用している。伝統技術の背景にこのような合理的思考の姿勢があったからこそ明治期における西洋近代科学の導入も急速に進んだのであろう。

もう一つ印象深いのは、そうした製造プロセスの創意工夫が長い歴史を通じて無数の人々によって積み重ねられてきていることだ。様々の素材に対して、多様な技法やデザインが生み出されてきた。無数の職人たちが、師匠から技術を厳しく仕込まれて一人前になった後は、少しでも先代を追い越そうと、倦まず弛まずに新しい工夫をしてきたのであろう。明治以降においても、また戦後の復興においても、製造現場でのこうした弛まぬ創意工夫の姿勢が急速な産業発展の原動力であった。

精密な自然観察」と「弛まぬ創意工夫」、この二つの姿勢は漆だけでなく、和紙、金箔、磁器、日本刀などの伝統技術を生み出した。そして和紙技術は電解コンデンサー・ペーパー、金箔技術はプリント基板の電解銅箔、磁器技術は携帯電話のセラミック・フィルターなどに生かされ、それぞれの分野で日本企業が圧倒的な世界シェアを持つ原動力となっている。

21世紀の未来を開くのは、このようなキーマテリアル、キーデバイスである。これらの先端技術分野でどのようにリーダーシップを維持していくかが、もの作り大国・日本に問われている。しかし案ずるには及ばない。そのお手本はすでに我々のご先祖様が数千年に渡って示してくれているからである。

文責:伊勢雅臣

 

 

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【著者】 伊勢雅臣 【発行周期】 週刊

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