「維新」という言葉自体、微妙にポジティブであり(僭称している政党が現存するが)、この言葉を用いて歴史を眺めるのは既に価値的に偏向している。だから、維新の三傑なる勇ましい呼称の西郷隆盛、大久保利通、木戸孝充は充分に怪しい。この時代を描いた司馬遼太郎ものに親しんできたから戸惑うけれど。
維新の三傑の共通項は、下級士族の出であるということ。新政府の要人の多くは、知識や語学力はあっても品性や美学が甚だしく欠如していた。「その代表が伊藤博文だが、木戸も大久保も、道徳的に高い評価を下すことは困難である。彼らは皆、政治の手腕はあったとしても、哲学がなかった。西郷に至っては、悪い意味で『一時代前の人物』だろう」と手厳しい。
日本史上もっとも人気のある「偉人」は西郷隆盛である。同時にもっとも実像がわからない人物でもある。著者は、「葉隠」的思想を持った破壊の専門家、と表現している。明治に描かれた錦絵の西郷は立派な髭をたくわえた荒々しい軍人である。そちらが実像で、肖像画や銅像は虚像だろう。筆者は戊辰戦争ほど無意味な戦争はなかったと断言する。「日本史の最暗部」とさえいう。
そういえば、40年以上前に買いそろえた司馬遼太郎『翔ぶが如く』全7巻、何度も何度も挑戦するものの、なぜか途中で放棄してきた。もう読まずに終わりそうだ。だが、あとがきに面白いことが書かれていた。
日本における野党が、政府攻撃において外交問題をかかげるときに昂揚するという性癖はこのときから出発したのかもしれず、また激しく倒閣を叫びながら政権交替のための統治能力を本気で持とうとしないという性癖も、この時期の薩摩勢力をもってあるいは始祖とするかもしれない。
……西郷さんのせいだったのか。
編集長 柴田忠男
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