農薬の急性中毒と無症状中毒
農薬の急性中毒については何十年も前からよく知られていました。WHOのデータによると世界中で毎年250万人もの人が農薬中毒を経験しています。しかしながら最近になって、明らかな症状は出ないものの、慢性的にからだに対して害を及ぼす無症状中毒と呼ばれる状態がかなりあることがわかってきました。
無症状中毒という概念で最初に注目された毒物は鉛でした。急性の鉛中毒は少数でのみ認められたものでしたが、かなり多くの人々が鉛中毒で認知機能障害をきたし、行動異常もきたしていたことがわかりました。1920年代から80年代にかけてガソリンに鉛が添加されていたアメリカでは、ちょうどその頃に鉛に暴露された子供たちの知的発達が障害されていたのです。鉛中毒の影響が深刻であったある地域では、平均の知能指数が5ポイントも低くなっていたのです。
話を農薬に戻します。以前用いられた古い農薬には人間の精巣や卵巣などの生殖器官に障害をもたらすものもありました。ケポンという商品名の有機塩素化合物殺虫剤クロルデコンは、農家における男性の不妊症の原因となりました。男性農民は無精子症を発症したのです。農薬は直接的に生殖器官を障害したり、エストロゲンと似た作用を持つことで内分泌かく乱作用で生殖器官を障害していたのです。強力な内分泌かく乱物質であるDDTは白頭鷲やミサゴに絶滅をもたらしそうになった理由は、これがエストロゲンと似た作用を持っていたからなのです。
農薬と不妊症
最近発表された研究で、通常の農薬を用いて作られた野菜や果物の日常的な摂取による残留農薬の曝露は女性における不妊症と関連があることが示されました。スーパーやショッピングモールなどで売られている普通の野菜や果物を食べていただけで、妊娠成功率が低かったのです。一方で、無農薬のオーガニック野菜や果物を食べていた女性では妊娠に成功する割合が高くなっていました。
この衝撃的な事実は、最近における世界的な生殖器障害のトレンドと不気味に一致しています。まず、1970年代から欧米諸国の男性の精子の数が約半分減ってきています。同じ時期に、男の赤ちゃんで尿道下裂と男性における精巣がんの頻度が倍に増えています。これらは遺伝的な原因や診断テクノロジーの発達では説明できない増加のスピードなのです。環境要因が原因であることは間違いないとされています。
農薬も基本的には薬の一種です。薬はリスクとも呼ばれています。製薬企業に対してマーケット後の安全性評価を厳しく義務づけているように農薬製造企業にも安全性評価を義務付けるべきと考えます。官僚や政治家に対しても教育が必要です。消費者の皆様に対するアドバイスは、新しいタイプの農薬だから安全だと考えてはならないということです。野菜や果物はできるだけオーガニックを選びましょう。
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