私も親が高齢になり「年をとる」ことで起こる変化を、日々学ばされています。そのほとんどは想像もしなかったことばかりです。
「年をとる」だけで、色の区別が難しくなる。見える範囲が狭まってくる。指一本一本の感覚が鈍くなる。体の動きに頭がついていかなくなる。昨日までできていたことができなくなる切なさ、うまくできなかったことができたときの喜び…etc. etc.
生きていれば誰もが老いる。昨日まで出来ていたことがひとつひとつできなくなる。そんなときにはどうしたって他者からのケアが必要となります。
介護現場の責任を問うことは避けられないのかもしれません。でも、どういう老後を迎えるのが望ましいのか、自活できなくなったときの尊厳を守るにはどのような条件が必要なのか。
それを正面から議論しない限り、悲しい事件はなくならないと思うのです。
超高齢化社会に突入している日本では、もはや介護を家族まかせにできる時代は終焉しました。
みなさまもご意見、是非、お聞かせください。
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※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年3月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年3月27日号)より一部抜粋