【書評】日本人研究者の終焉。ノーベル賞がもう日本から出ぬ理由

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 2019年のノーベル化学賞を受賞した日本人の吉野彰さん。日本全体がその受賞に大いに盛り上がりましたが、今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介する本で嘆かれているのは、「日本は今後ノーベル賞が取れなくなるかも」という懸念について。日本の科学者が抱える「問題」とは何なのでしょうか?

偏屈BOOK案内:岩本宣明『科学者が消える ノーベル賞が取れなくなる日本』 

618wR0GqQ6L科学者が消える ノーベル賞が取れなくなる日本
岩本宣明 著/東洋経済新報社

2019年のノーベル化学賞は、リチウムイオン電池を開発した吉野彰さんら。よかった。こういっては失礼だが、まだ過去の遺産があったのだ。今の大学制度や研究環境では、若手研究者に将来のノーベル賞につながるような独創的な研究はできない。筆者はまえがきで「本当に酷い。無茶苦茶です。このままでは、ノーベル賞受賞はおろか、日本から科学者はいなくなってしまう」と嘆く。

ノーベル賞は基礎研究を重視している。発明より発見、応用より基礎である。その象徴が、発明の父と称されるエジソンが受賞を逸していることだ。そして、授賞理由の大半は若手時代の研究である。最も若いのは2002年に化学賞を受賞した田中耕一と、2014年に物理学賞を受賞した天野浩で、いずれも26歳時の研究が評価された。天野と同時受賞した赤崎勇(名大)は天野の指導教官だ。

ノーベル賞日本人初受賞の湯川秀樹の授賞対象となった研究は27歳で、2008に物理学賞を受賞した小林誠が「小林・益川理論」を発表したのは28歳、同時受賞の益川敏俊は同じ京大の研究室の先輩助手。30歳代の研究が授賞対象となったのは、江崎、福井、利根川、益川、下村、南部、中村、梶田の8人。この傾向は世界的にも同様で、受賞者の高齢化が進んでいるのは、授賞候補者の数が多くなりすぎて、順番待ちの期間が長くなっているからだと言われる。

2016年に生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東工大栄誉教授が、「このままでは将来、日本からノーベル賞学者がいなくなる」と警鐘を鳴らしているのは、若手の研究者が自由に基礎研究に没頭できる環境がなくなっている、というのがその理由だ。さらに、ノーベル賞を目指すトッププレイヤーが年々減少しているという大問題がある。学者を目指す若者の数の減少という深刻な事態に陥っているのだ。

科学技術白書2018では「若手研究者を巡る状況は危機的」と書く。大学院博士課程の学生は、将来、ノーベル賞を受賞する可能性を秘めた「博士の卵」である。日本では、近年その数が減少の一途を辿る。日本の基礎研究の危機である。理工系博士課程入学者はピーク時の2/3と、理工系博士の卵は激減した。

なぜそうなったのか。修士課程学生にとって、博士課程に進学するのは経済的負担が大きい上に、博士になっても努力や投資に見合った高収入を得られる安定した就職先が保障されるわけではないからだ。それどころか、博士課程修了者の9割以上が安定した研究職に就けず、6割が非正規雇用かポスト待ちだ。

博士課程への進学者が減っているだけでなく、優秀な人材ほど企業に行ってしまう。これまでのノーベル賞受賞者はみな若くして定職を得て、研究に打ち込むことができた。若手研究者の安定的ポストの確保が最も重要なのだ。優秀な人材は博士課程に進学しなくなった。大学院の博士課程は空洞化している。

論文数、研究費、研究者数、大学ランキングのすべての指標が、日本の科学技術の「基盤的な力」の低下を示している。研究現場は研究予算の削減で疲弊しきり、「忙しくて研究できない」状況が蔓延している。とくに基礎研究の分野のそれは激しく、大学で「基礎研究ができない」状況が生まれている。30年後には、日本人ノーベル賞受賞者は5年に1人になってしまう……かも。

編集長 柴田忠男

image by: superjoseph / Shutterstock.com

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