「まあいっか」と思える死に方
穂村 じゃあ、先生にとって、どういうのが自分らしい死に方だと思う?
春日 自分のはよく分からないんだよ。何も思い浮かばない。
穂村 さっき腹上死を「男の夢」って言ってたけど、それはどう?「いやー、あの年で立派なもんだよ!」とか言われたい?(笑)
春日 「どんな女だったんだろう?」みたいな噂話のネタにされるのを気にしちゃいそうだから、やっぱダメだねぇ。でも1つの理想として「みんなで死ぬ」というのにはちょっと憧れるかな。それで思い出すのが、リチャード・マシスン(1926〜2013年)というアメリカのSF・ホラー小説家の「レミング」(吉田誠一訳、早川書房『13のショック』収録)という短編。分量にしてわずか3ページの作品なんだけど。
穂村 ショートショートだね。
春日 本当に一発ネタなんだけどね。レミングっていうのは、ツンドラに住むげっ歯類の一種で、こいつらが海に飛び込んで集団自殺をするというのが有名なんだよね。まあ、都市伝説だという説が濃厚みたいなんだけど、それに引っ掛けた話なの。浜辺にどんどん車が集まってきて、乗っていた人たちは降車すると、まるでデパートとか映画館とかに入るみたいに、次々に海の方に進んでいって、服着たままズブズブ溺れてくのね。で、これが結構楽しそうなのよ。それを警官2人が「やー、次から次に来るねー」「もう何日も続いてるよ」とか言いながら眺めてて、話によれば、この現象は世界中で起こっているらしい。そうこうしているうちに、車に乗ってきた連中は全員海に沈んじゃうんだけど、すると2人の警官のうちの1人が「じゃあ、俺もそろそろ行くよ」って言って、やはり海にズブズブ入って行っちゃう。で、最後に1人残された警官は煙草吸いながらそれを見ていて、「じゃあ行くか」って、やはり海に入っていく。後には、たくさんの自動車が残されてました、終わり。
穂村 つまり、レミングが人間に置き換わっているわけね。作品としては不気味さが魅力的だと思うけど、死に方としてはどこがいいの?
春日 イヤな感じではあるんだけど、みんな一緒に死んじゃうんなら、意外と「まあいっか」って思えそうな気がしたんだよね。そしたら、少し気持ちがラクになった。
穂村 確かに、例えば平均寿命が300歳とかだったら、100歳で死んでも「なんで自分だけ」って思うだろうね。僕がイヤな死に方は苦しいの全般なんだけど、そうじゃない死に方ってないのかな?例えば、猫が可愛すぎて死んじゃうとか、そういうメカニズムはないのかしら。「可愛い!」という気持ちがある一定量を超えて、幸せのまま死に至る、みたいなの。それなら僕も「まあいっか」って思えそうなんだけど。
春日 感極まって血圧が上がって——みたいなのはあるかもね。ただ、一見すると苦しそうな死に方でも、脳内物質がドバドバ出るから、意外と気持ちよいという説もある。ほら、セックス中に首締め合ったりするプレイとか、遊びで自分の首締めたりする人がいるけど、あれは落ちる直前に来る快感にハマっちゃってるんだよね。失敗して死んじゃう人もけっこう多いんだけどさ。
選ぶことができないからこそ面白い「理想の死に方」
穂村 先生はお医者さんという仕事柄、いろいろな最期を目の当たりにすることがあると思うんだけど、印象に残っているのってある?
春日 産婦人科に勤めてた頃、当直してたら、急に具合が悪くなったという飛び込みの患者があって。急いで病室を用意したんだけど、そしたら突然ベッドのまわりをぐるぐる回り出してさ。とりあえず横にならせたんだけど、その後、突然鬼瓦みたいな、『エクソシスト』のリンダ・ブレアみたいな凄まじい表情になって、同時にうんち漏らして死んでた。
穂村 死因は何だったの?
春日 変死だったから、大塚の監察医務院に送って調べてもらったんだけど、結局よく分からなかった。でも、その患者の場合、死に方よりも、後からやってきた夫と称する男の振る舞いの方が強く印象に残ってるんだよね。死んだ女性にさかんに語り掛け始めてさ。それが「お前はあの時、あんな楽しそうな笑みを浮かべてたよなぁ!」みたいな、やたら芝居ががったやつでさ。
穂村 ドラマで覚えちゃったのかもね。こういう場面では、こういうふうに振る舞うものだ、みたいなの。
春日 完全にそれなんだよね。これまで患者の死の現場を何度も見てきたけど、多くの遺族が「ドラマチックにやんなきゃいけない」と思い込んでいるフシがあって。かつて担当した患者さんの死に顔が『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットみたいだったことがあったんだけど、家族がそれ見て「ああ、いい死に顔だよな」とか言い合ってて、「いやいや、どこが?」と。
穂村 作法が分からないもんね。じゃあ、そうしたさまざまな死に方を見てきた上で、先生の考える一番イヤな死に方ってどんなの?
春日 イヤっていうか、「ちょっとこれは……」と躊躇してしまう死ならいろいろあるかな。例えば、小説家の井上靖(1907~1991年)は肺癌で入院して、そのまま死ぬんだけど、直接の死因は肺炎でさ。まあ、この死に方自体はことさら珍しいわけじゃないけど、入院中に次女に言った言葉がイヤーな感じなのよ。「大きな、大きな不安だよ、君。こんな大きな不安には誰も追いつけっこない。僕だって医者だって、とても追いつくことはできないよ」って。
穂村 本人の心理がこわいんだね。不安に苛まられまくっている様子がびりびり伝わってくるね。確かに、こんな気持ちのまま死にたくないな。
春日 似たところで言うと、心筋梗塞で死んだ小説家の永井龍男(1904~1990年)が、死の3日前に次女に「俺は、ここ2、3日で死ぬような気がする。淋しいなあ」って漏らしたらしい。80年以上生きて、文化勲章受章という名誉もあって、思い残すことなんてなさそうなのに、それでも死を前にして達観できないというね。
穂村 こうやって「どんな死に方がいい?」「こんな死に方はイヤだ」みたいなことは話のネタとしては面白いけど、それを我々は選ぶことはできないんだよね。自分でコントロールできるのは、そのだいぶ手前のところまでで。最後は眠りながら現実とは無関係な夢を見ながら死ぬかもしれないし。
(第4回に続く)
春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・