池田教授が養老孟司氏とのZoomで考えた「コロナと孤独と社会システム」

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新型コロナウイルスの感染が拡大した2月以降、外出するのは週1度程度になったと語る池田清彦教授。以前は用件のみで終わっていた知人との電話もお互いに切り難く、長電話の傾向にあるようです。あの養老孟司教授もZoomでの会話を求めてきたとか。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では今回、この6か月ほどの“蟄居生活”を振り返って気づいたことに加え、コロナ禍を経てどのように社会システムが変わるのか、想像を巡らせています。

コロナは社会システムを変えるか?

コロナ禍が始まって以来、生活のリズムがすっかり狂って何となく調子が悪いという人も多いと思う。私も1月の終わりごろまでは、多少警戒する程度で、新幹線や飛行機に乗って講演に出かけていたが、2月23日の天皇誕生日に長野県の売木村に講演に行ったのが最後で、これ以降の対面での講演は、次々に中止や延期になって、今に至るまで、一つも行っていない。

売木村は人口500人の小さな村で、講演当時は未だコロナは影もなくて聴衆の中でマスクをしている人もまばらで、ここで感染者が出たら、真っ先に私が疑われるに違いないと話しても、皆さんハハハと笑い飛ばしていたくらいのものであった。ところが、3月の終わりごろ、志村けんが亡くなってからは、世間の雰囲気ががらりと変わり、COVID-19は恐ろしいと思う人が多くなり、マスクをしていないで街を歩くと、犯罪者のような眼で見られるようになった。

外出する用事が皆無になってしまった私は、暫くの間は昆虫の標本つくりに精を出していた。長い間たとう(脱脂綿を半紙で包んでその上に展脚した甲虫を並べてある)の中で眠っていた標本を改めて見ていると、採集した時の情景が脳裏をかすめ幸せな気分になる。1993年12月にタスマニアで100頭近くとったLissotes(属)という体長15mm前後の小型のクワガタムシを、たとうをひっくり返して見つけだした時は嬉しかった。

ローンセストンの近くのBen LomondとTrevallynというところで主に採集したものだ。疎林の中に転がっている倒木をひっくり返して、その下に潜んでいるクワガタを長男と次男と一緒に夢中で採ったのがつい昨日のようである。地味な虫のこともあってか、日本にはあまり標本が無いようだ。この属はタスマニアに23種、ヴィクトリア州に4種が分布するが、よく似ていて同定が難しい。私の標本にも何種か混ざっていると思うのだが、未だ徹底的に調べていないので、よく分からない。

虫友達に自慢したいのだけれども、コロナ禍の最中で誰も呼べない。コロナ禍が始まる以前、虫友達や仕事関係の人と頻繁に会っていた時は、面倒くさいなあ、と思っていたが、いざ、全くと言っていいほど、他人に会わなくなると、何となく寂しい。もう電車には6か月近く乗っていないし、東京に住む子供たちもうっかり実家に帰ってきて、70過ぎた年寄り(私と女房のことだ)にウイルスをうつしてしまって、死なれると厄介だと思っているのだろう。たまにSNSで話すだけだ。

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