イランの核開発で中心的な役割を担っていた科学者がテヘラン郊外で暗殺され、イラン国内ではイスラエルに対する報復を求める声が大きくなっています。果たして犯人は本当にイスラエルなのでしょうか。メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんは、3カ月ほど前に起こった事件を思えば、あまりにも安易に犯行を許している、と疑問を投げかけています。小川さんが想像する「真犯人」とその狙いとは?
核科学者暗殺はイランのメッセージ?
11月27日、イランの首都テヘランの郊外で、核兵器開発で中心的な役割を担っていた科学者モフセン・ファクリザデ氏が暗殺されました。
当初の報道では、爆弾を荷台に隠したトラックがファクリザデ氏の乗っていた車の前で爆発、さらに他の車両から銃撃を受けたとされていました。その後、イラン革命防衛隊に近いメディア・ファルス通信は、現場でイスラエル製の遠隔操作式機関銃が回収され、3分間で作戦が終了したと伝え、イラン国内でイスラエルへの報復を求める声が高まっているそうです。
まるでCIA(米国中央情報局)の女性エージェントが主人公のNetflixの連続ドラマ『ホームランド』に出てきそうな展開ですね。しかし、これは現実です。
そして、ニュースを眺めていて、どうしても引っかかる点が残りました。11月19日号のセキュリティ・アイ「なぜアルカイダ首脳はイランで暗殺されたか」で西恭之さん(静岡県立大学特任准教授)が紹介した事件と重なる点があり、腑に落ちないというか、尾籠な話ですが残尿感があるというか…。
こちらは今年8月7日、米国とイスラエルの情報機関がテヘラン郊外でイスラム過激派アルカイダの序列第2位アブ・ムハンマド・アルマスリを射殺した事件です。8月7日は1998年にケニアとタンザニアで起きたアルカイダによる爆破テロ事件で224人が死亡した記念日です。車に同乗していたオサマ・ビンラディンの息子ハムザの未亡人でアルマスリの娘のマルヤムも一緒に射殺されました。
イラン政府は、この事件を否定する一方、イランの政府系メディアはレバノン人の歴史学教授ハビブ・ダウドと27歳の娘マルヤムが、オートバイに乗った犯人に射殺されたと、名前と国籍を変えて報道しています。
そこで疑問です。現場はテヘラン郊外、しかも襲撃は地上から行われました。それも最初の事件から3カ月半しか経っていません。イランの要人である核科学者の身辺警護が緩かったとは思われません。
同じような手口が連続することになりましたが、普通なら警備が厳しくて作戦は実行できませんし、やろうともしないでしょう。いや、そうした凡人の考えることの裏をかき、意表を衝いたのか、それともイラン国内に張り巡らされたイスラエルの情報機関のネットワークがすごいのか、核開発をめぐるイラン国内の路線対立によるものなのか…。
イランの国防・外交を統括する最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長は、「首謀者はイスラエルで、在外の反体制派組織も加担した」と述べていますが、世界の情報専門家の間で一致している見方のひとつに次のようなものがあります。
「米国でイランとの核合意に復帰すると表明しているバイデン氏が大統領選挙に勝利したことを受けて、イランも従来の核開発の路線を軌道修正し、制裁解除を求めるメッセージとして中心人物を自ら手にかけた」
ますます映画のような展開で、謎解きが待たれるところです。ぬるま湯に浸かっている日本は、そんなことがないだけマシなのでしょうね。(小川和久)
image by:Fars News Agency, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons