女性蔑視と受け取られる発言により五輪組織委員会会長を辞任した森喜朗元総理。後を託した川淵三郎氏も辞退し、後任の会長人事は混迷を極め、候補者検討委員会に委ねられることになりました。一連のゴタゴタは、組織委員会の危機管理能力と情報収集能力の欠如のせいと厳しく指摘するのは、メルマガ『石川ともひろの永田町早読み!』著者で小沢一郎氏の秘書を長く務めた元衆議院議員の石川知裕さんです。石川さんはさらに菅総理の「我関せず」の姿勢を批判。自分のせいではなくとも責任は間違いなく菅総理にあると、リーダーとしての自覚を促しています。
後任選びに失敗した菅総理/五輪組織委会長の辞任と辞退
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任した。女性蔑視発言の余波は国内外に大きく広がって辞任不可避の情勢となり、最後は盟友であるIOCのコーツ副会長に引導を渡される形となった。この間の日本政府の動きは後手後手に回ってしまった印象がぬぐえない。
確かに森会長の手腕は評価できる。ラグビーワールドカップの招致成功にも代表されるように、日本のスポーツ界に予算をつけてスポーツ界の発展に寄与したことは間違いない。また、多くの利害関係が絡む五輪の調整役としては元総理大臣として政界にも財界にも睨みがきく森氏は適任であった。だからこそ大会組織委員会の武藤敏郎事務局長(元財務事務次官)、遠藤利明元五輪担当大臣、安倍晋三元総理が森氏を慰留したのだろう。しかし、結果的には森氏は辞任となり傷口を大きく広げてしまった。
過ちをおかした原因は、大会組織委員会の危機管理能力と情報収集能力の欠如に尽きる。日本と欧米の男女差別意識の違いについての認識の分析をできず、内向きの論理だけで判断したことが間違いだったのだ。
森氏の発言後、事務方は海外の反応を分析し、国内の世論の反応、野党の出方などをしっかり分析して次の手を打つべきであった。記者会見のやり方もまずかった。結果的にあの記者会見が決定打となってしまったと私は思う。森氏を「逆切れ」させないよう、事前の打ち合わせをなぜしなかったのだろうか。
菅総理はこの問題に関して「我関せず」を貫き通してきた。しかし、もっとリーダーシップを発揮すべきだった。森氏を大会組織委員長に最終的にお願いしたのは安倍総理(当時)である。国家的行事でありオリンピックのトップの人事に関して、最終的には総理が決断すべき課題だと私は思う。総理は組織委員会の最高顧問に就いているのだから。
政府は女性蔑視発言の後、「公益法人に対して口出しすべきではない」と答弁してきたが、もともと組織委員会会長を森氏にしたのは総理大臣(安倍氏)なのだから、事態を収拾するにあたっても、根回しを行い、最後は菅総理が森氏と会って辞任を引き出すという方が良かっただろう。
後任選びも森氏主導を許してしまい、国内外の理解を得ることが難しくなり、森氏が後継指名していったんは会長職を受託した川淵氏は辞退させられる羽目になってしまった。まあ、川淵氏も舞い上がってしまい、集まった記者たちにしゃべりすぎたのは言うまでもない。選考委員会を立ち上げて後任を決めるようだが、今こそ菅総理がリーダーシップを発揮すべきだ。
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