人気心理学者が論破する「人間の脳は変化を嫌う」説の大ウソ

 

【爬虫類脳】

そんなことが「脳科学」の専門家の間で常識になっているはずはない、と思いながら、ちょっと調べてみると、案の定、そうした「新発見」は見当たりません。ただ、コミュニケーションやトレーニングなどの分野では、この「脳が変化を嫌う」というこの仮説を大前提にして議論を展開している人たちが意外に多いことに驚かされました。しかし、「変化を嫌う」という傾向を、まるで脳全体に当てはまる本能的傾向か何かのように一般化して考えて良いものでしょうか?

さらに、そうした記事などを読んでみると、彼らが根拠としているのは、脳全般にそうした傾向があるという最新の研究(そんなものはありませんが)ではなく、昔から(私が学生頃から)知られていた「爬虫類脳(はちゅうるいのう)」の機能的な特徴についての通説だったのです。

「爬虫類脳」というのは、もちろん、たとえ話です。1960年代に米国のマクリーン博士(Paul D. MacLean 1913~2007)により提唱されました。

人間の脳を進化の観点から区分すると、もっとも古い「脳幹(のうかん:脊髄につながる脳の中心部分)」、次に進化した「大脳辺縁系(だいのうへんえんけい:脳の奧に位置し、脳幹を取り囲む部分)」、さらに、新哺乳類になって発達した「大脳新皮質(だいのうしんひしつ:大脳の表面に広がる薄い神経の層)」の3種に分けることができます。

そして、それらの部分が担当している機能の特徴から、脳幹は「反射脳」、大脳辺縁系は「情動脳」、大脳新皮質は「理性脳」などとも呼ばれます。脳幹は、生命活動の基本を自動的に(反射的)に管理する部分なのですが、人間や哺乳類だけでなくトカゲやワニなどの生物とも共有しているため「爬虫類脳」などと呼ばれるわけです。

ちなみに、大脳辺縁系は情動や意欲、記憶や自律神経活動を担当する部位であり、猫や馬などの哺乳類とも共有している部分なので「哺乳類脳」と呼ばれます。大脳新皮質は、知能や言語、繊細な運動、創造性や倫理観など高度な精神機能を担当する、最期に進化した部位であり、人間を特徴づける部分でもあるので「人間脳」と呼ばれています。

確かに、こうした分類を踏まえ、爬虫類脳に限って考えれば、それが担当している機能が自分の身体の状態を安定的に保つものであることから、「脳は変化を嫌う」とか「脳にとって変化は痛みである」と言えなくもありません。しかし、これは、主に爬虫類脳に限っての話であり、脳全般における一般的な傾向ではありません。哺乳類脳や人間脳のやっていることはもっと複雑で、一方では変化を嫌うかと思えば、もう一方では「変化を求め」る「新しいもの好き」で、「好奇心」を発揮する傾向をも併せ持っているのです。

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