人気心理学者が論破する「人間の脳は変化を嫌う」説の大ウソ

 

【性欲と好奇心】

ただ、爬虫類脳の保守的?傾向を、脳の基本的傾向と誤解してしまうには、それなりの理由もあります。なぜなら、それは「生命維持」に関わっているからです。

生命を維持するためには、身体の形とか体温、身体を構成する成分の割合、血液の状態、等々を一定の範囲の内に保つ必要があります。熱を出せば苦しいですが、体温が平熱の範囲なら、自分に体温があることすら忘れていますね。同様に、汗などをかいて、体内の水分が減って来れば喉が渇き、水を飲みたくなります。血液中の糖分(血糖値)が下がれば、お腹が減ります。

このようにバランスを維持し、身体の状態を一定に保つ調整機能を総称して「ホメオスタシス(homeostasis:恒常性)」と命名したのは、生理学者のキャノン(Walter Bradford Cannon 1871~1945)です。

食欲や渇きを満たそうとする行動や排泄、睡眠、寒さや暑さを避ける行動など、生理学的な原因によって引き起こされる行動は、こうしたホメオスタシスの機能の一環であるため、「ホメオスタシス性動機」などとよばれます。生理学的な基礎を持つ動機のほとんどが「ホメオスタシス性」のものであり、体内で何らかの「アンバランス」の生じることが行動を起こす引き金になります。

外界の気温が急激に変化すれば、それが体温の変化につながり、これを避けるために涼しい場所に移動したり、反対に温かい衣類を着たり、焚火をしたりといった行動が現れます。その意味では、確かに、脳は変化を嫌いますが、嫌われる変化の主役?はあくまで「身体的、生理的な変化」であり、これを引き起こす環境の側の変化です。これは、人間の「動機」の膨大なリストの内の、ごく一部です。

たとえば、生理学的な基盤を持つ動機の中でも「性欲」はホメオスタシス性ではありません。ホメオスタシス性ではないということは、何かが不足したり過剰になることにより引き起こされる動機ではないということです。精液を製造し過ぎて在庫が過剰になったから放出したい、などと言う話は、欲求不満の男性たちが創り上げた都市伝説のようなもので、全く非科学的です。

また、ホメオスタシス性でないということは、その欲求を満たしても満たしても切りがない、これで満足するということがない、ということでもあります。射精した後、数分から20分ほどの間、男性機能が役に立たなくなる「不応期」は、あくまで生理的な補給や回復に必要な準備時間ということであり、欲求そのものが消失したわけではありません。体力さえあれば、いくらでも手を変え品を変え(場合によっては相手を変え)可能性を追求する?のが性的動機です。

人間の好奇心や知識欲、愛情欲求、自己実現の欲求、等々の精神的、社会的な欲求は、どちらかと言えば、一連のホメオスタシス性の動機よりは性欲に近いと言えるでしょう。それらは「快楽」に動機づけられており、「これで満足」という限界がありません。これらの動機において、基本的に変化は苦痛ではなくご馳走です。

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