人気心理学者が論破する「人間の脳は変化を嫌う」説の大ウソ

 

【急激な変化】

もちろん、基本的に変化が快楽となる場合でも、大き過ぎる変化、急激な変化は感覚レベルで不快な苦痛になりかねません。

たとえば、静かな部屋で、突然、大音響で音楽が鳴り始めれば、誰もが耳を塞ぐでしょう。急激な変化に私たちの神経はついていけず、驚いて悲鳴を上げてしまうのです。しかし、ロックコンサートの会場に行けば、もっと大音量で楽器が演奏されていても、観客はノリノリで、誰も苦痛を感じる人はいません。その音量に慣れているからです。要は、絶対的な音量の問題ではなく、「変化」の大きさが苦痛の原因となるのです。

晴れた日の朝、燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びることは気持ちの良いものですが、真っ暗な部屋の遮光カーテンを急に全開にすれば、暗闇に慣れていた人の眼は突然射し込んだ朝の光に耐えられず、眩しさが苦痛を引き起こします。私たちの感覚系は変化に順応するために一定の時間を必要とするのです。

昔、007シリーズ(たぶん『サンダーボール作戦』だったと思います)を読んだいたら、悪の首領が自分を裏切った情婦の口を割らせるために、手元にあったアイスペールの氷と煙草を使って彼女を拷問するシーンがありました。

流石は組織のボス、彼女の身体に直接煙草の火を押し付けるといった野蛮な方法は用いません。それでは火傷の跡が残って、彼女の肉体的価値が下がってしまいます。彼が使った方法は「温度差」を用いたやり方で、これなら傷跡は残らず、女性の身体は美しいままです。要は、氷によって充分に冷やされた肌は、煙草の火をちょっと近づけただけで、それを実際以上に強烈な熱さと感じ、悲鳴を上げることになるのです。

与えられた刺激の物理的な強度の上の値と下の値のそれぞれは耐えられる範囲内にあっても、その差が充分に大きければ、私たちの感覚は大き過ぎる変化に順応できず、それを苦痛として感じてしまいます。しかし、こうした反応は、「脳が変化を嫌うから」生じるのではありません。私たちの脳は変化が嫌いなのではなく、大き過ぎる変化や急激な変化が嫌いなのです。

逆に考えれば、こうした順応をスムーズに行うためにも、先の「スモールステップの法則」は有効となるのです。冬の寒い日に露天風呂に入るには、ゆっくりと時間をかける必要があります。

そして、相手が許容できる範囲の変化を積み重ねるという努力は、情報共有を目的にする場合でも、相手と親しくなろうとする場合においても必要なものとなります。

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