大坂なおみ選手の棄権報道で感じた「うつ病」という言葉を扱う危険性

shutterstock_1262657242
 

テニスの全仏オープンに出場中だった大坂なおみ選手による、自らの精神状態を公表したツイートが全世界で話題となっています。日本のメディアは大坂選手の書き込みに基づき「うつ病に悩まされていた」と伝えましたが、識者はどう見たのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』ではストレス研究をメインに行なっている健康社会学者の河合薫さんが、当報道に違和感を抱いた理由を記すとともに、「病気などに関する言葉を扱う際には慎重かつ正確さが必要」と注意を喚起しています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

時事ネタ社会問題に鋭く切り込む河合薫さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

大坂なおみ選手の発言として報じられた「うつ病」という言葉の危うさ

大坂なおみ選手にまつわる話題が、この数日間飛び交っています。

「会見拒否宣言」には賛否両論いろいろありました。一方、自身のSNSを更新し、全仏オープン2回戦を前に棄権すると発表してからは大坂選手を心配する声が日本だけでなく海外でも広まっています。

しかし、日本のメディアが「『うつ病』に悩まされていたことを告白」と一斉に報道したことには違和感が拭えません。

以下は、大坂選手のツイッターの文言です。

The truth is that I have suffered long bouts of depression since the
U.S. Open in 2018 and I have had a really hard time coping with that.

おそらく「うつ病」と報じたメディアは、depression=うつ病と訳したのでしょうが、depression=うつ病とは限らないし、depressionという単語は、気分が落ち込んだ状態のこと。

私はストレス研究をメインに行なっているので、大学院時代には「抑うつ=depressive symptoms」と「うつ病」は全く違うと厳しく指導されました。「抑うつ」という言葉は一般的には馴染みがないかもしれませんが、抑うつ状態とか、抑うつ症状といった具合に、病名ではなく「気分が落ち込んだ状態」を示す言葉です。

一方、日本語の「うつ病」に相当する言葉は、「major depressive disorder」で、正式には「大うつ病性障害」です。うつ病の診断は極めて難しいとされ精神疾患の診断・統計マニュアル=DSMが、国際的に利用されています。

DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、「熟練した臨床家=医師」の「精神疾患の診断を助けること」と「治療計画につながること」のためにあり、アメリカ精神医学会が1952年に第1版を出版して以降、改訂を重ね、現在は2013年(日本語版は2014年)に出版された第5版が使われています。

また、「うつ」という単語も単独ではなく「うつ症状」「うつ状態」「うつ病」など、それぞれ異なるレベルの概念の言葉として用いるのが正しいのです。

「うつ」という言葉が一般化するようになり、メンタルクリニックを受診しやすくなったり、職場などでもメンタル不調を訴えやすくなるなどなりました。

しかし、その反面、「うつ病」の概念が曖昧になり、医師や研究者から「うつ」という言葉の正しい使い方の提案が度々されてきました。

時事ネタ社会問題に鋭く切り込む河合薫さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

print
いま読まれてます

  • 大坂なおみ選手の棄権報道で感じた「うつ病」という言葉を扱う危険性
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け