小此木氏がIR誘致の取りやめを打ち出したのは、当然、菅首相と話し合った末の結論だ。そこには選挙戦術ばかりではなく、ある人物との対立を避けた面がある。
横浜港運協会前会長、藤木幸夫氏。90歳。港湾荷役業「藤木企業」の会長にして横浜エフエム放送や横浜スタジアムの会長でもある。創業者である父、故藤木幸太郎氏や「田岡のおじさん」と慕う山口組の故田岡一雄氏らから男の生き様、義理人情の大切さを教え込まれ、港湾で働く人々をまとめて、ミナトの発展に尽力してきた。
自民党の二階幹事長を「兄弟分」と呼び、菅首相や小此木氏とも親しい。横浜港のドンと呼ばれるその人が、「山下埠頭をバクチ場にしない」と、IR誘致に猛反対しているのだ。
横浜市は「日本一大きい田舎」といわれる。18の区のうち都会といえるのは中区と西区で、大多数の横浜市民は郊外の住宅地などで暮らしている。ところが、カジノ論争など選挙の争点はもっぱら、利権や“しがらみ”のからまった中区と西区の話ばかりで、一般市民の意識とは甚だしく乖離している。それだけに、土地の有力者の市政への影響力もまた強いといえる。
2019年7月、カジノなしで国際展示場や高級ホテルを設ける独自の開発計画を推進するため「横浜港ハーバーリゾート協会」を設立した藤木氏は、記者会見でこう語っていた。
「菅さんとはとっても親しいですよ。彼も俺を大事にしてくれるし。ただ今立場がね、安倍さんの腰ぎんちゃくでしょ。安倍さんはトランプさんの腰ぎんちゃくでしょ…安倍も菅もトランプさんの鼻息を窺ったりね。さびしいけど現実はそうでしょ」
IRカジノ推進の背後に、「ハードパワーがある」と藤木氏は言い、トランプ、安倍、菅の名をあげて、黒幕たちの存在をにおわしていたのである。
横浜市の政財界に影響力のある藤木氏のような人物を敵に回すのは得策ではない、と菅首相や二階幹事長は考えたのだろう。IR誘致を明言してしまった林文子氏を推す選択肢は、その意味でもありえない。では、誰がいいのか。藤木氏と親友だった小此木彦三郎氏の息子、八郎氏なら、藤木氏をうまく懐柔できるのではないか。そんな腹が透けて見える。
横浜市は5月末、IR事業者を公募。「ゲンティン・シンガポール」「セガサミーホールディングス」「鹿島建設」の連合と、「メルコリゾーツ&エンターテインメント」「大成建設」の連合から応募があった。この夏には事業者が選定される運びになっているが、これを推進してきた林市長が立候補する可能性が薄いとなれば、先は甚だしく不透明だ。
今後の注目点は、藤木氏が「IR誘致はやめる」と宗旨替えした小此木氏につくかどうかだ。
藤木氏が会長を務める横浜港ハーバーリゾート協会の今年度総会で、「会長のまとめ」と題する資料が配布された。そこには、以下のような文言が記されている。
菅さんは秋田の人で、横浜の人でない
IRカジノは事業にならない。単なる博打場だ
それでも、やるというのは正気ではない
明らかな菅首相批判である。藤木氏と組むつもりで小此木氏が「IR反対」を唱え、大臣を辞めたのなら、当然、藤木氏は小此木氏を全面支援するだろう。
むろん、藤木氏が、小此木氏の背後に相変わらず菅氏の存在を見るなら、違う展開になる…いやむしろ、菅、小此木、藤木の三氏は阿吽の呼吸で“出来レース”を繰り広げているのかもしれない。
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