藤木氏の奇怪な話は、次のようにはじまった。
「江田も友達でね。江田に任したの。林以外なら誰でもいい。林はロボットだ。操り人形だから。菅の言う通り動いてるだけだから」
立憲民主党の衆院議員、江田憲司氏に、候補者を立てるよう要請したのだという。菅首相の言うなりになってIRを推進する林市長の四選を阻止するため、まずは野党に働きかけたのだ。
「そのあと八郎がね、ああいうこと言い出したんですよ」
まぎれもなきIR推進派の小此木八郎氏が国家公安委員長と国会議員の地位をなげうって横浜市長選に出馬すると表明。当選したら「IRの誘致を取りやめる」と発言したことをさす。
小此木氏の八郎という名の名付け親は、父、彦三郎氏と親交のあった藤木氏である。いまでも、「八郎は俺の言うことなら聞く」と藤木氏が豪語するほどの仲だ。
菅首相に対しても、彦三郎氏の秘書だったころから目をかけてきたという自負が藤木氏にはある。
その小此木氏と菅首相に対し、藤木氏がこれみよがしにとったのが、立憲民主党と「IR反対」で手を組むポーズだった。
この話はすぐに小此木氏に伝わった。藤木氏自身が小此木氏に知らせた可能性もある。言うまでもなく、菅、小此木両氏にプレッシャーをかけるためだ。
IRには市民の大多数が反対、という世論調査の結果が出ている。その声を背景に、自民党員であるはずの「ハマのドン」が、なぜか野党陣営に自民党との喧嘩をけしかけている。
小此木氏はこう考えたに違いない。ただでさえIR推進で批判を浴びてきている林市長が出馬して勝てるだろうか。前回選挙では、IR誘致の白紙化を公約に掲げて林氏は当選し、その後公約を破ったが、同じ手はもはや使えない。ただし、別の人間が出るのなら、どうか。
導き出した結論は、自らの出馬だ。日本の市区町村トップ、378万人もの人口を誇る政令指定都市、横浜。その市長ともなれば、衆議院議員から転身するだけの値打ちがある。
「IR誘致とりやめ」を打ち出して小此木氏が名乗りを上げ、IR反対の票を吸い取ろうとする野党陣営の力を削ぐ。このアイデアを菅首相は受け入れた。長引くコロナ禍にあって、IR誘致は当面の課題ではない。まずは、横浜を死守することが大事、と菅首相は割り切ったのだろう。
かくして、小此木氏は出馬表明をした。林市長は四選出馬を断念し、藤木氏の気分も変わるだろうと、菅氏サイドはにらんでいたはずだ。
ところが意外なことに、林氏は立候補に踏み切った。IR推進派の自民党市議や地元経済界の一部に強く推されたらしい。なんだかんだ言っても、林氏には現職の強みがある。しかも、8人の立候補者のうち6人が「IR反対」であり、林氏は「IR賛成」の票をごっそり集める可能性があるのだ。
ただし、誰も予想できなかったのは、元長野県知事の田中康夫氏、前神奈川県知事の松沢成文氏ら有力候補者が次々と名乗りをあげたことだ。巷では、票が割れて誰も法定得票数に届かず、再選挙になる可能性も取り沙汰されている。
さて、藤木氏から要請を受けた江田憲司氏は元横浜市立大学教授の山中竹春氏に白羽の矢を立て、山中氏を連れて藤木氏のもとを訪れた。藤木氏はこう述懐する。
「この間、江田が急に山中さん連れてきて、こいつどうですか。あんたは目が鋭すぎると、それだけ言いました。江田が責任もって進めているんだから」
これだけ聞くと、藤木氏は山中氏を支援する気持ちを固めたかのようである。しかし、続けてこうも言った。
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