被告は指導者・金正恩総書記。日本初「北朝鮮政府を訴えた裁判」の行方

shutterstock_1385497739
 

日本法廷史上初となる、北朝鮮の金正恩総書記を被告とした裁判が東京地裁で開かれていることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では宮塚コリア研究所副代表の宮塚寿美子さんが、自身が傍聴したこの訴訟の第1回口頭弁論の模様をレポートするとともに、金正恩総書記が訴えられることとなった経緯を解説。さらにこの裁判の注目ポイントを挙げるとともに、北朝鮮サイドの反応を紹介しています。

北朝鮮情勢を中心にアジア全般を含めた情勢分析を独特の切り口で伝える宮塚利雄さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

北朝鮮・金正恩を訴えた日本の法廷史上初の裁判

2021年10月14日、秋晴れの中、東京地方裁判所において、日本の法廷史上初めて北朝鮮政府、つまり指導者の金正恩委員長を相手に裁判が行われた。これは、2018年8月20日に日本に入国し定住している5人の脱北者が北朝鮮政府を相手に帰国事業から脱北した現在に至るまでの生活に対して損害賠償を求める訴訟を提起したものに対してである。

午前10時の裁判を前に、100人以上が傍聴席を巡って早くから列をなしていた。私は裁判の傍聴自体初めの経験であったが、ビギナーズラック(!?)か、約3倍の倍率を潜り抜けて傍聴券を得た。コロナ禍で座席数は半分以下にされており、30人くらいが傍聴した。日朝関係が膠着(こうちゃく)し、拉致問題の進展が見込めていない中、北朝鮮関連でこれほど多くの関心が集まっていたのは意外であった。

時間通りに裁判官が法廷に入り、始まった。弁護団による弁論が始まるが、向かい側の北朝鮮側には誰も来ていなかった。法廷は中で繰り広げられるセンシティブな内容が外に聞こえないように、ドアを閉めると密閉され換気は良くない。コロナ禍のため、定期的に一時法廷を中止し、換気のためにドアを開けた。

しかし、高齢の原告団の中には、暑さなどで体調を崩す人がいて、それを見た裁判官は、当人の弁論が始まるまでは外で待機しても良いという気遣いがあった。

当初から北朝鮮側は出席しないということを見越してか、午前から午後まで一気に1日で賠償訴訟弁論を行ってしまうということだった。

かつては朝鮮総連を相手に訴訟を起こす

現実的なことを考えれば、北朝鮮政府の金正恩委員長を被告にせずに、日本の朝鮮総連(以下、総連)を被告に訴訟を起こすほうが良いのではないかと考える人も多いだろう。実は、2009年にすでに帰国事業を主導した総連を相手に今回の原告団の1人である高政美氏が大阪地方裁判所に訴訟を起こしていた。しかし、不法行為に対する民法上の賠償請求権は20年で消滅するという「除斥期間」が適用され、「帰国から提訴まで2年10か月経っており、除斥期間を提訴すべき特別な事情があったとも認められない」という判決に終わっていた。

それゆえに、今回の東京での訴訟は、この除斥期間を乗り越えるべくして、帰国事業で北朝鮮に渡り、悲惨な生活から脱北し、日本に入国してからの厳しい生活の現状を含めることにしたのである。そのため、被告を総連ではなく、あくまでも北朝鮮政府であり、指導者の金正恩委員長ということになったのである。

「日本における脱北者」をテーマに私は博士論文を提出している。実際に何人もの脱北者に会ってインタビューを行い、交流している。脱北し、日本に入国して間もない彼らも見てきているが、すぐに訴訟を起こせるほどの日本語力、精神的、経済的余裕はない。ほとんどが日本語がわからず、日本の夜間中学で習い始めるのだ。

北朝鮮情勢を中心にアジア全般を含めた情勢分析を独特の切り口で伝える宮塚利雄さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

print
いま読まれてます

  • 被告は指導者・金正恩総書記。日本初「北朝鮮政府を訴えた裁判」の行方
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け