第4の点について
確定判決の判断の上記第4の点について重要な新証拠と評価できるのが、認知心理学の専門家である大橋靖史教授及び高木光太郎教授にNの供述が「体験供述」であるか否かについて供述心理鑑定を依頼した結果の鑑定書である。
一般的には、供述の信用性の評価は、刑事訴訟・民事訴訟ともに、裁判所の自由心証に委ねられており、供述心理鑑定の結果が、供述の信用性評価にただちに結び付くわけではない。
しかし、本件では、刑事第一審裁判所が、Nの3期日にわたる証人尋問における証言を直接見聞し、供述内容のみならず、供述態度等なども含めて形成した心証が、「果たしてN自身において自ら経験した事実を語っているのか疑問」との判断だったのに対して、そのNの第一審証言を、直接見聞したのではなく裁判記録のみで判断した確定判決は、供述の変遷を「通常の記憶の減退、又は記憶喚起の過程として十分説明ができる」と判示して供述の信用性を認め、第一審判決の判断を覆した。
Nの生の証言に接した上で形成した「心証」に基づき「体験供述」であるか否か疑問と判断した第一審裁判所の判断と、それを書面上の供述のみで判断した確定判決のいずれの判断が正しいのか、本件の有罪・無罪の判断に関して極めて重要な意味を持つものである。
大橋・高木鑑定の結果、Nの「第1現金授受」についての供述が、記憶の安定性や忘却の可能性という面からも、供述の特徴という面からも「実体験に基づくものではないと考えられる」との結論が得られた。
これによって、Nの証言は実体験に基づくものか疑問との第一審判決の判断が供述心理学の見地から裏付けられたと言える。
「法廷に提示してもよい水準で科学的に確立された知見であるかどうかを評価する調査の結果に基づき、専門家の80%が法廷に提示してもよい水準で確立された科学的知見であると評価した17の要因」
に基づいて、上記N供述について、形成した記憶に忘却ないし変容が生じた可能性について検討が行われた結果、これら諸要因で、「初回授受供述の変遷」にみられる特徴的な忘却の原因となりうるものは存在しなかった。
このことから、大橋・高木鑑定は、「初回授受供述の変遷」にみられるガスト美濃加茂店での出来事の全体的な忘却は、もしそれが実際に生じていたとするならば、心理学的にみて通常は生じにくい相当に特異な現象であり、その発生を説明できる特別な要因が特定できない限り、このような忘却が実際に生じた可能性は非常に低いと結論づけているのである。
上記N供述については、「ガスト美濃加茂店での出来事の全体的な忘却の発生を説明できる特別な要因」は全く見当たらず、確定判決においてもそのような要因は示されていない。
大橋・高木鑑定により、一審判決が、N証言を直接見聞した上、その内容について、「体験供述であるか疑問」と判断したことが、認知心理学の知見からも裏付けられ、供述の変遷が、Nの証言が実体験に基づかない「創作による供述」であるために生じていることが明らかになったのである。
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