名前も悪い「アベノミクス」最大の問題は、“批判を許さぬ空気”の醸成だ

2022.06.21
 

日本経済を取り巻く環境が、当時と今ではまったく違うということだ。日本が高度経済成長を達成した時代は、東西冷戦期であり、日本は「奇跡」と呼ばれる幸運な状況にあった。日本が米国の戦略に組み込まれ、「米国に守ってもらい、米国に食べさせてもらえた」ということだ。

ソ連の台頭、中華人民共和国の成立による共産主義の拡大を防ぐために、米国は地政学的な拠点にある国々と同盟関係を築こうとしていた。例えば、西ドイツ、フランスなど西欧、日本、韓国、トルコなどアジアが共産主義と対峙するフロントラインであり、戦略的拠点であった。まず米国は、これらの国々を同盟国とするために、「ソ連の侵略から守る」という約束をする必要があった。こうして米国は「世界の警察官」となった。

重要なことは、米国は同盟国に「米国市場への自由なアクセス」を許し、同盟国からの輸入を受け入れたことだ。米国は、同盟国を自らの貿易システムに招き、工業化と経済成長を促したのだ。その目的は、同盟国を豊かにすることで、同盟国の国内に貧困や格差による不満が爆発し、共産主義が蔓延することを防ぐことだった。これが、米国が「世界の国を食べさせた」理由である。

そして、米国の戦略の恩恵を最大に受けたのが日本だった。重要なことは、日本が米国市場に輸出する時に「強力な競争相手」がいなかったことである。当時、韓国や東南アジア諸国は強力な競争相手ではなく、中国など共産主義国は米国市場にアクセスを許されていなかった。日本企業は、輸出で儲けた利益を、社員に増給という形で安心して還元できた。

一方、90年代前半に東西冷戦が終結すると、中国、東南アジア、東欧諸国などが新たに国際経済の市場に参入し、日本の強力な競争相手となる「グローバル経済」が出現した。激しい国際競争に晒された日本企業は、いつ競争に敗れて経営危機に陥るかわからない状況下で、利益が出ても社員に「賃上げ」という形で簡単に還元することができず、さらなる競争に備えて内部留保をため込むようになった。その結果、安倍政権期、首相や経済閣僚が再三「賃上げ」を要請しても、日本企業は応えることができなったのだ。

岸田首相は、「アベノミクス」を「新自由主義的な経済政策」だと誤解し、その修正として、中小企業や個人レベルへの「分配」を重視するとして、補正予算など「予備費」を乱発して財政出動を拡大してきた。

だが、それは「アベノミクス」が斜陽産業を延命させてきたことと、なにも変わらないのである。個人であろうが企業であろうが、「延命」のためにカネを渡したら、「カネが切れたら、またカネがいる」の繰り返しとなるだけだ。延々と財政出動や金融政策を続けることになる。それが、金融緩和の「出口戦略」にかじを切れない黒田日銀総裁の姿でもある。

岸田首相は、「成長戦略」の重要性自体は理解していると思われる。岸田政権は、「新しい資本主義」の実行計画と「骨太の方針」で成長戦略を示しているからだ。その根幹をなすのは、「人」「科学技術・イノベーション」「スタートアップ」「グリーン・デジタル」の4分野に重点的に投資するという方針だ。

だが、残念なことに、重点投資4分野は新しい政策課題ではない。以前から認識されていながら、有効な手を打てなかった「古い政策課題」ばかりだ。欧米や中国などが何年も前に済ませていることを、「新しいことをやります」と胸を張ってアピールしている。このような自民党や官僚組織の姿勢は、真摯(しんし)さも謙虚さも著しく欠いている。

そして、なによりも強調しておきたいことは、これらの課題への取り組みが遅れた大きな原因は、「アベノミクス」の斜陽産業の延命と、それに甘えた日本社会の改革姿勢の後退なのだということだ。

image by: 自民党(YouTube)

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

print
いま読まれてます

  • 名前も悪い「アベノミクス」最大の問題は、“批判を許さぬ空気”の醸成だ
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け