バイデンは制御できず。ペロシ「訪台強行」に見える米国政治の混乱

 

アメリカには本来、7月29日付『フォーリン・アフェアーズ』が記したように、〈ワシントンはペロシ訪台にかかわらず中国との対決に備えるべき〉といったタカ派世論がある。この勢力は当然、中国の台頭に妥協的な姿勢で政権が臨むことを許さない。バイデンも、そうした空気のなかで何とか両国関係の安定に苦慮したとの思いがあったはずだ。

ロイター通信も8月5日の記事〈焦点:台湾巡る緊張、中国との衝突を避けたい米海軍に課題〉で、「ペロシ氏の移動はコントロールできないが、米国の反応はコントロールできる」と語る国防当局者の発言を紹介し、政権の配慮を伝えている。記事には、米軍が「南シナ海を避けた遠回りの飛行ルートを取り、米軍空母もわざわざ南シナ海を避け」中国との衝突回避の努力をしたと解説している。

事実、ペロシの訪台が止められないと分かった瞬間からホワイトハウスは、「議長の訪中は過去に前例がある」、「米政府の『一つの中国』政策の変化を意味するものではない」と火消しに躍起になった。つまりペロシ訪台そのものに「価値はない」と主張することで中国の過剰反応を抑制しようと試みたのだ。

こう聞けば中国が矛を収める理由になるようにも思えるが、現実はそうではない。アメリカはすでに中国人民という中国共産党が最も恐れている圧力を刺激し、目覚めさせてしまったからだ。

ペロシ訪台の一報から世界を駆け巡ってからおよそ30分の間に、中国のSNSを埋め尽くした政権批判は凄まじいものであった。普段はタブー視される中国人民解放軍への批判はもちろん、習近平国家主席を蔑む書き込みまで堰を切ったようにあふれ出たのだ。

「アメリカを直接攻撃しろ!」
「やれ、そうしたら終わる。もし戦いになれば呼ばれなくても行く」
「撃て! オレが最初の戦死者だ。戦い以外に何があるというのか」

こうした反応に混じり、「人民解放軍は紙の虎(絵にかいた=使えない)か」とか、「リーダー失格」といった挑発的な書き込みも次々に湧き出し、放置すればブレーキが効かなくなることが懸念された。華春瑩外交部次官補が「中国人民の愛国は理性的だと信じている」とわざわざ呼びかけたのは象徴的だ。

こうした発信のほとんどは国の弱腰を詰り対米戦争を迫るものだったが、なかには政権の気持ちを代弁した「アメリカという雑種犬には理屈は通じない。何度同じこと言っても無駄だ」といった内容のものも見られた。中国が台湾問題でアメリカに「言行不一致」と不満を口にしてきたことを反映した発信だ。そして、これもまた習近平政権がバイデン政権の理屈を受け入れられない理由の一つだ。

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