村上 「そもそも日本人の精神の中に、そういった神話の世界が生きていると私は思います。例えば、『おかげさま』という言葉がありますが、これは外国語には訳せない。『おかげさまで』と言うと、外国人は『何のおかげですか?』と聞いてくるんですよ。
でも我われにしてみれば、神様でもご先祖様でも、自分を少し越えたような存在を感じていればそれでいいんです。
『おかげ』というのは影なんですね。表じゃない。これは陰と陽の世界にも通ずる話であって、現れた現象の後ろにあるものに対して、我われ日本人は『おかげさま』と言う。
それから『もったいない』という言葉も訳せないんですよ。単に『節約する』という意味ではなくて、その物をつくってくれた人への感謝の念が表されている。こういった日本の精神的伝統というのは、それこそ何千年と続いてきているわけで、そう簡単には消えるものではないと私は思っています」
森 「人間、目に見えるものばかりじゃなくて、見えないものもやはり大切にしてほしいですね。よく言われているじゃないですか、『いまの世の中は心を大切にする時代だ』って。確かにそうかもしれませんが、私は物も大切にすべきだと思うんです。
というのも、いまは何でも使い捨てになってしまいましたが、物を大切に扱う姿勢というのは、そのまま先生がおっしゃるように、『おかげさま』『もったいない』の精神にも通じますからね。心を大切にするとは、本当はそういったことだと思うんです。
それに関連したことで言いますと、石上神宮のお社というのは神職の修行道場になっていて、全国から神職さんが来られて数日かけて神道行法という基本的な行を学んでいます。
これは戦後から始まったことで、今年(掲載当時)で63回目を迎えますが、そこで教えることは時代とともに変わる部分もあれば、不易流行で変えない部分もある。
例えばお箸ですが、最初に来られた時に一人一膳お渡しすると、行法が終わるまで三食すべてをそのお箸で食べていただきます。
物を大切にといった気持ちは、そういった小さなことから学ぶのが本来であって、特に若い人たちにはもっと伝えていかなければという思いでおります」
村上 「先ほども言ったように、『おかげさま』とか『もったいない』といった言葉に象徴される日本人の生き方というのが、いま世界で注目されていると思うんですよ。大自然の恵みに感謝するという生き方に戻ることが世界にとって必要であり、そのためには21世紀は再び日本の出番が来ると。
ただ、問題なのは肝心の日本人がその自覚に欠けていることですね。私たちの先祖が残してくれた素晴らしい伝統とか、生き方、考え方をもう一度見直して、日本が世界に貢献できるような国にしていきたい。それには、神道的な生き方が非常に大切じゃないかと思っています」
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