火付け役が主張を修正。それでも「台湾有事切迫説」を信じ込む日本人

 

軍事力が整えば侵略が始まるという短絡

軍備は魔物で、それが整えられ蓄えられるほど軍人はそのおもちゃを使って戦争をやってみたくなり、政治家はそういう軍人のオタク的性癖を百も承知なので軍人の言いなりになるのを避け、紛争事案を外交で解決しようとする。これがクラウゼビッツ『戦争論』の「戦争は政治の延長」という定義を踏まえた世界常識である。

そこで分かってくることの第2は、軍人は基本的に政治だけでなく経済にも社会にも音痴で、軍備が整えば、相手、この場合中国は、戦争を仕掛けてくると思い込みがちだということである。デビッドソンは「なぜ中国の侵攻が6年以内と断定するのか」という問いに対し、こう答えている。

▼中国軍の能力の明らかな変化がある。ミサイル及びサイバー戦力、訓練能力、共同の情報交換能力や戦闘を支援する補給能力――こういったことの全てが、彼らがもし台湾を武力で再統一することを選択した場合、6年以内にその能力を持つであろうことを示しているように私には思える。

▼私は「もし中国が武力を使うことを選択した場合」と申し上げた。その選択の可能性は今後6年間に遥かに大きくなるだろう。なぜなら、習近平が2027年に4期目を目指すとすれば、その政治的な展望に多くの支持を得なければならないからである(以上は、Nikkei Asia 21年9月18日付)。

彼は「もし中国が武力を使うことを選択した場合」と留保をつけている。しかし、どうしたら中国が武力に訴えるようなことをさせないで済むかという発想は皆無。それは軍人に求めても無理だというのはその通りだろうけれども、こうやって軍人が最悪の場合を想定したシナリオを語って、「我が軍は精一杯それに備えてはいるけれども、だいぶ予算が足りないので倍増をお願いしたい」と言い募るのは仕方のないことなのかどうか。

余りにもお粗末な中国への理解

そして第3に、余りにも貧弱な中国への理解である。結局のところ、デビッドソンが尤もらしく「この10年以内、実際には今後6年以内にその脅威が現実化すると思う」と主張する根拠は、上にも引用したように「習近平が2027年に4期目を目指す」ために国民の支持を取り付けなければならないからである。

私はそもそも習近平が慣例を破って昨秋に3選を果たし、出来うれば27年に4選をも達成しようとしていることに余り賛成ではない。これまでの2期10年という慣例をむしろ1期5年に縮めることで世代交代を早め人材活用を活発にすることが中国の将来のためだと思っているが、それはともかくとして、彼が27年に4選を果たそうとするのに台湾のみならず中国の何万、何十万の犠牲者を出さずには済まされない戦争を仕掛けなければならないと判断する理由は存在しない。デビッドソンは、戦争以外に習がその政治的野望を果たす手段を持たないことを説得的に証明すべきだが、そんなことが出来る訳がない。恐らく、反中国のタカ派の誰か呟いたことを「それだ!」と思って飛びついただけと推測されるが、こんな幼稚な中国認識を真に受けて米国も日本も国策を左右してはならない。

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