火付け役が主張を修正。それでも「台湾有事切迫説」を信じ込む日本人

 

「中国に覇権を奪われる」という恐怖感

そこで本誌は、米国などの幾つかのメディアを検索してデビッドソン発言の真意を探った。

それで分かったことの第1は、彼が軍人にありがちな単純素朴な「覇権交代の恐怖感」に取り憑かれている、知的レベルとしてあまり程度の高くない人物だということである。あるメディアによると、彼の上記の有名になった一句はこういう文脈の中で語られた。

▼もし〔中国との平和的な〕競争が〔軍事的な〕紛争に転じるのであれば、我々は戦闘を準備することが絶対的に必要になる。

▼私が恐れるのは、中国が米国に取って代わって、ルールに基づく国際秩序において指導的役割を担おうとする野望をますます掻き立てて、それを2050年までに達成しようとしていることである。

▼私が恐れているのは、彼らがその目標をもっと早く達成しようとしていることだ。台湾〔制圧〕は明らかにそういったことに先立って達成さるべき野望の1つだ。だからその脅威はこの10年以内、実際には今後6年以内に現実化すると私は思う(以上は、World Socialist WebSiteの21年3月9日付によるデビッドソン発言の直接話報による引用だが出典は不明)。

▼今から2026年まで、あるいはこの先10年間を、中国は〔米国に対する軍事的〕能力の優位を達成する期限と位置付けている。その時に北京は、この地域の現状を力によって打破することが出来るようになるだろう(以上は、同上サイトが引用している、デビッドソンが上記議会公聴会の前週にアメリカン・エンタープライズ研究所で講演した際の言葉)。

中国が米国の覇権に取って代わろうとしているのではないかという疑心暗鬼は、米国が取り憑かれている主要な幻覚であることについて、本誌は前々から繰り返し指摘してきた。20世紀後半の米国の世界覇権とそれに対する旧ソ連の対抗及びその失敗のドラマは、冷戦崩壊によって幕を閉じたのだが、そのことは実は、覇権交代というシステムの終わりでもあった。つまり米国は最後の覇権国であって、そのことをよく理解して自らの身の処し方を律しなければならなかったのに、それが巧く出来ずに、自国がまだ覇権国であり続けたいし、あり続けることが可能だという自己中心的な願望(ないしは冷戦時代は良かったというノスタルジックな懐古趣味)と、その裏返しで中国が派遣国の座を盗みに来るのではないかという誇大妄想的な恐怖との間で激しく揺れ動き、不定愁訴に陥っている。

この軍人も例外でなく、中国が覇権争奪に出てくるのは思ったより早いぞと焦ってあれこれ言い立てているのである。

ところが中国は、米国に代わって世界覇権を握ろうなどと考えたことはなく、米覇権が終わった後の多極化した世界は多国間の協調主義で運営するしかないという極く当たり前の世界常識と言っていい考え方に立っている。トランプ政権の後半からバイデン政権の前半まで、米国だけがその世界史的趨勢を理解できずに、独りバタバタと中国を敵視して踊り狂っているという奇妙な状況に、中国が思いのほか冷静に対処しているのは、歴史の先行きが読めているからである。

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