■今を生きる
「過去」や「未来」は存在しません。存在論的な実存性はなく、単に認知的にそこにあるだけです。
この前提を踏まえた上で、「存在しないのだから、そんなものは捨ててしまえ」というのは話が逆でしょう。だって存在しないのですから捨てるも何もありません。むしろ人間の脳はそうして「存在しない」ものに思いをはせる能力を持っていると理解し、その能力をどう使っていけばいいのかを考えるのがさまざまな意味においてまっとうだと思います。
ようするに、「そんなものは捨ててしまえ」主義は、「人間であることをやめれば、人間的苦悩からは開放される」と言っているに過ぎません。それって本当に素晴らしいことなのでしょうか。
個人的に思うのは、「今を生きる」が極端に主張されるとき、その中身は「今だけを生きる」となっています。「今」以外を切り捨ててしまっている状態です。
一方で、「今を生きる」を健全にまっとうするならば、その中身は、想起する過去と想像する未来を引き受けた上で今現在を生きること、つまり折り重なる「今」の中を進んでいくことを意味するのではないでしょうか。過去に重点を置きすぎず、未来にも重点を置きすぎず、しかし両方に目を配って今を生きていくこと。これが人間的な「今を生きる」だと思います。(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2023年3月27日号より一部抜粋)
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