広島大学大学院の研究で、「血中のインスリン濃度が低いと、炭水化物などに対する食欲を増進させる機能、炭水化物などの糖質を脂肪に変換する機能を増幅させる」と発表されたことを受けて、読者から不安の声が届いています。これに、メルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』の著者で、糖質制限食の提唱者として知られる江部康二医師はなんと回答しているのでしょう? 2つの研究データを基に解説します。
血中インスリン濃度が低いと太りやすい?
【読者からの質問】
広島大学大学院の浮穴和義教授主導の研究で、血中のインスリンの濃度が低いと、炭水化物などに対する食欲を増進させる機能と、炭水化物などの糖質を脂肪に変換する機能を増幅させる脳内因子NPGLの産出量が増えてしまうそうです。
ということは、ずっと糖質制限を継続していくと、インスリン分泌量は低下しますが、食欲(主に炭水化物への欲求)が高まり、糖質を摂ったときには、それを脂肪に変換する能力が高まっていて、糖質制限をやめてしまえば、以前よりも太りやすいカラダになってしまっているということではないでしょうか?
もしくは、一生糖質制限を続けていくことが、リバウンドを防ぐために必要なことなのでしょうか?
参考研究
https://www.hiroshima-u.ac.jp/souka/news/41197
【江部先生からの返信】
結論としては、少なくともヒトにおいては、血中インスリン濃度が高いと肥満し、血中インスリン濃度が低いと肥満しにくいです。
何故ならインスリンは肥満ホルモンだからです。
臨床的には、ヒトの研究<DIRECT>で、322人の肥満の患者を3群にわけて調査しています。2年間の研究です。
https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/nejmoa0708681(Iris Shai,et all:Weight Loss with a Low-Carbohydrate,Mediterranean,or Low-Fat Diet. NENGLJ MED JULY 17,2008、VOL359. NO.3 229-241)
カロリー制限ありの「地中海食」、「脂肪制限食」、カロリー制限なしの「糖質制限食」での比較検討です。
カロリー制限なしの糖質制限食でしたが、満腹感と満足感が高いので、自然に摂取エネルギーが減少して、地中海食、脂肪制限食と同じだけ摂取カロリーが減少しました。
その結果、3群とも同一摂取カロリーとなりましたが、糖質制限食で一番体重が減少してHbA1cは唯一、改善しました。
つまり、ヒトでは、糖質制限食で、食後インスリン分泌は、通常食に比して低下しますが、自然に過剰な食欲がなくなり、満腹・満足して体重が減少したということになります。
糖質制限食で減少するのは食後の追加分泌インスリンで、必要最小限で済みます。
空腹時基礎分泌インスリンは糖質制限食でもなかなか減りにくいことがあります。
広島大学のラットの研究は、空腹時や糖尿病などのインスリン分泌が低い状態では、NPGLの発現が上昇して、炭水化物の摂取量が増加して、脂肪蓄積を促進するということです。
従って、糖質制限食実践者の食後追加分泌インスリンが少ないこととは、単純に比較はできないと思いますし、現実にヒトの研究で、糖質制限食は満腹度・満足度が高くて摂取エネルギーは適正に減少し、体重減少効果も一番あったということで問題ないと思います。
また、ラットの主食は穀物で、炭水化物が主です。
従って、炭水化物摂取にあるていど特化した摂食システムを持っていると思います。
人類は、雑食ですが、狩猟・採集時代の700万年間は、穀物なしですので、ヒトの摂食システムはラットとはかなり異なっていると思います。
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