中国メディアはこのやり取りを、西側のスパイ活動に一打を加える機会ととらえた。『環球網』は「認めた! カナダはインドの外交官を監視していた」(2023年9月22日)というタイトルで記事を配信。日ごろのうっ憤を晴らすように報じたが、一方でバイデン政権がどう動くかを注視していた。
米メディアの多くは「カナダ首相の爆弾発言で板挟みの米国、インドとの関係強化が崩壊も」(米ブルームバーグ 9月20日)という視点で見ていた。中国の興味も同じだった。
この問題が単なるカナダとインドの関係悪化という枠にとどまらず、西側の価値観VSインドという対立構造に陥ってゆくかどうかも中国の関心事であった。もしそうなれば、バイデン政権とサウジアラビアの対立が深刻なレベルにまで陥ったような、同じような展開も予測できたからだ。
だが、現状を見る限り、事態はそうした方向には向かっていない。アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は9月28日、インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相とワシントンで会談したが、米ブルームバーグの報道によると、「米国務長官、インド外相と会談-声明はカナダとの対立に言及せず」(9月29日)だったというのだ。
トルドーにとっては、ちょっとした梯子外しのような展開で、納得できたのだろうか。そして、そのカナダはさらに厄介な問題に巻き込まれてゆく。
9月22日、カナダ下院に招かれたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が議会で演説した際、下院議長が「英雄的なウクライナ人であり、カナダ人」と紹介した98歳の老兵が、実は問題のある人物だったことが後に発覚するのだ。演説から約1週間後、その人物、ヤロスラフ・フンカがかつてドイツ軍武装親衛隊(SS)の師団、「ガリーツィエン」第1師団に所属していた経歴があることを、カナダのユダヤ人団体が指摘したのだ。
世界は一気に蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。メディアも一斉にトルドーやゼレンスキーがスタンディングオベーションでフンカの登場に応えている映像を流した。
事態を受けてトルドーは慌てて謝罪。下院議長も辞職に追いやられた。だが、当然のことそれで納得する国ばかりではない。ここぞとばかり責め立てるロシアの動きはやり過ごすことができたにしても、やっかいなのはポーランドだった。過去の歴史からポーランドの反応は激しく、閣僚のなかからも、「元ナチスの老兵を引き渡せ」とカナダを批判する声が上った──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年10月1日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
image by:Alexandros Michailidis/Shutterstock.com