素直に受け入れたほうがよさそうな「今この時点の幸せ」
精神科の医者をやっていると、目の前のことが頭がいっぱいになっていて、先のことが考えられなくなっていることが心に悪いし、結果も悪いことが多いのがよくわかる。
たとえば、中学入試のことで頭がいっぱいになっている親は、ここに合格できないと子どもの将来がないように思ってしまう。
実際は、中学受験に落ちても、志望の大学に受かる方法はいくらでもある。
逆に、親が、中学受験のために教育虐待のようなことをすれば、子どもが勉強嫌いになってかえって大学受験に悪い影響があるなどということはざらにある。
対人恐怖の人などは、たとえば、自分の顔が赤くなるのを治さないと人に好かれることはないと思っている。
しかし、そうやって人に会わないとかえって人に好かれるチャンスを失ってしまう。
顔が赤いのを治す努力をしても、ずっと治らないかもしれない。
その時間を話術を磨くとか、笑顔を作る練習をするとかに使えば、ずっと人に好かれる可能性が高まるだろう。
私は高齢者を専門に診ているために、もっと長い目で見るということが当たり前になっているし、それが身についてよかったと思っている。
たとえば、人に嫌われてでも、出世したり、ある肩書を得たとしても、それは一過性のもので、引退したらただの人になる。
そのときに、近視眼的に出世するために、人に嫌われることが長期的なダメージが大きいことがわかる。あまりにみんなに好かれることを考えるのもメンタルヘルスには悪いが、自分の主張すべきことは主張して、引退してからも慕ってくれるようなファンが増えたほうが長期的には得だと思う。実際、私はその方針で生きている。
不思議なことに、昇進とか、受験とか、顔が赤いこととかには、将来のことをあまり考えずに、今のことに囚われることが多い日本人が、検査データには囚われる。
確かに目の前の検査データをみると、たとえば血圧が200を超えていたり、血糖値が300を超えていたり、LDLコレステロール値が200を超えていたりすると焦るのだろうが、実は、現時点で、ほとんどの場合、何も症状はない。
この値が問題なのは、将来、脳卒中とか動脈硬化が起こるとされているからだ。
先のことを心配するほうが人間として成熟しているのではないかとこれまでの文脈から思うかもしれない。
しかし、こういう検査データの異常は、先になって脳卒中や動脈硬化の可能性が多少高い(ただし、日本人対象の大規模調査はない)だけで、その10年なり、20年の間にがんが起こるかもしれないし、薬の副作用で有害事象が起こるかもしれない。
しかも、多くの人たちが先の心配のために血圧や血糖値やコレステロール値を下げているというより、今の数値が心配で、その値を下げようと焦っているように見える。
いずれにせよ、今起こっていることと、将来起こることについて、冷静な計算ができることは大切だということだろう。
私は出世するために上司に気に入られようとすること自体は否定しない。
ただ、不愉快なのに我慢するのが心に悪いし、先の結果もよくないと言いたいのだ。
歳をとってから人に好かれたいと思って、いろいろな善行を積んでいても、将来期待通りになる保証も、実際のところないに等しい。
今の不安に振り回されるのは感心しないが、今の幸せは素直に受け入れたほうがよさそうだということは、私の長年の人生からの教訓である。
※本記事は有料メルマガ『和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」』2023年12月23日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月すべて無料のお試し購読をどうぞ。12月分のすべてのメルマガが届きます。
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