仙台国税局は4月26日、福島県内の税務署勤務の男性財務事務官が育休中に転売行為を繰り返したとして、国家公務員法違反で懲戒処分にしたと発表、大手各紙も囲み記事等で報道しました。このニュースに「モヤモヤ感」を抱いたというのは、作家で米国在住の冷泉彰彦さん。冷泉さんはメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、そう感じたのは「多くの要素が混じり合っているから」であると分析した上で、その要素を8つに分解し各々について深く掘り下げています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:税務署員が育休中に転売で処分、8つの疑問点
税務署員が育休中に転売で処分、8つの疑問点
福島県内の税務署に勤務する財務事務官が、育児休業中だった2022年8月からの1年半に、自動車などの転売を繰り返していました。このために、国家公務員法に定める「兼業の禁止」に違反したこととなり、懲戒処分になったそうです。
このニュース、どこかモヤモヤするのですが、どうしてモヤモヤするのかというと、多くの要素が混じり合っているからだと思います。ならば、少し突っ込んで考えながら、各要素に分解してみたいと思います。
1つ目は処分の方法です。所轄の仙台国税局は「停職1ヶ月」という懲戒処分にしたそうです。ですが、その事務官は同日付で辞職したと伝えられています。ということは、自己都合退職にして退職金を払ったのか、あるいは再雇用を考えた温情なのか、かなり曖昧です。
そこで考えられるのは、停職にしたが、本人がその処分を恥じて辞職したというのではなく、「辞職を条件に停職1ヶ月にするという取引」があった可能性です。となれば、どうしても天下りとか、温情めいたものを感じてしまいます。その辺はどうなのかハッキリしてもらいたいと思います。
2つ目は、育休中の問題ということです。育休なのに育児をしないで、商売をしていたというのは、どの程度悪質なのか、良くわかりません。世間的な感情としては、育休のくせに育児を不真面目にやっているのなら、懲罰したくなるのは分かります。
例えばですが、配偶者はフルタイムで働き、本人は育児を100%やりながら、ネットでオークションをやっていたというのなら、罪は薄いようにも思います。育休中は育児に専念してもらいたいのは感情論として私も賛同しますが、制度的に「育休中はこれをやれ」とか「やるな」という設計にするのは難しいと思います。ならば、曖昧な根拠で罰するような報道をするのには違和感を感じます。
3つ目は、稼いだ金額です。報道によれば、自動車62台と携帯電話4台を転売し、約2億円を売り上げたというのです。2億といえば、そんな巨額なら兼業を咎められても当然とか、だったら仕事をやめて専業になればと思ってしまいます。ですが、この2億は扱い高であり、利益ではありません。
仮に差益がものすごく薄くて2%だったとしたら400万ですし、仮に売れないケース、赤字の取引や在庫処分などがあれば、利益はもっと低いかもしれません。その辺を無視して、いかにも悪いヤツのように「2億円」だと報道するのも困惑させられます。
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4つ目は、冷静に考えると税務官が、ネットオークションを大々的にやっていたというのは、社会通念上、確かに違和感があるのは事実です。ネットオークションでの差益というのは、往々にして申告漏れをしがちというイメージがあります。またそのような販売に絡む、中間業者や最終的な販社なども公明正大に税金を払っているのかというと、多少信頼が薄い面があります。
だとしたら、税務官という立場の人は、商売として繰り返し取引するのは論外として、一回でも怪しい業者から買うとか、売るとかいうのも止めて欲しいという感じもします。また、そのようにプライバシーを縛るのであれば、悪事に手を染めないように税務官としての不自由さに見合う手当とか給料を出して、優秀な人材を入れないと困ります。無能で乱暴で公私混同するような税務官がいると、困るのは納税者だからです。
5つ目は、転売で稼いだ収入は生活費などに使っていたとこの元税務官は説明していたそうです。理由としては、育児休業中は無給のため、共済組合からの給付金があったが、「大体半分ぐらいに収入が落ちている」状態だったというのです。仮に、この人が20代で配偶者が無業か、あるいは非正規などで収入が少なかったとしたら、これは大変です。
20代の年収が育休で半減する、しかも配偶者の収入も少ないというのなら、途端に子育ては無理ゲーになります。そこを考えると、このケースの場合に情状酌量の余地があるし、本当に公務員の場合はそんな感じであるのなら、少子化は加速するだけだと思います。
6つ目は、国税局によると、育児休業期間中も所属長の承認を得た一部の特例を除き、兼業は認められていないというのです。この種の「所属長の承認」というのも疑問が残ります。兼業の内容というのはプライバシーだと思います。
実家がコンビニをやっているとか、農家なので稲刈りを手伝うとか、そういうのは全くのプライバシーだと思うのです。それを一々「専門でもない上司」に説明して、その上司が決定権を持つというのは、そのままパワハラまたはズブズブの関係の温床になります。税務官というのは、社会的な信頼が必要ですから、ある兼業を認める認めないという判断は、専門的で厳格であるべきです。またプライバシーですから、判断する専門職以外にはマル秘にすべきです。とにかく、所属長の承認という制度には強い違和感を感じます。
7つ目は、転売行為を業務とみなすという発想です。報道によれば、税務官が不要の私物を売却することが即問題になるわけではないそうで、「反復継続して売買することが事業とみなされ問題」というのです。ですが、不要なものは転売するというのは、財布の厳しい現代では誰でもやっていることです。公務員の場合がそこが「グレーゾーン」だということになると、脅迫やパワハラの温床にもなりかねません。ガイドラインは必要だと思います。
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8つ目ですが、とにかく業務に悪影響を与えるとか、機密漏洩に繋がるという場合を除いて、社会では兼業を認める流れがあると思います。今回の事件は、ある意味でこれに反対する動きであるわけです。では、公務員は兼業しなくていい程度に恵まれているのかというと、そうでもないということになれば、優秀な人材は集まらなくなります。そのような大局観に基づいた視点も必要です。
とにもかくにも、この人物は悪質なのか、反社会的なのか、という判断に必要な情報がまったくない中で、まるで悪いことをしてクビになったような報道をするというのは、読んでいて不快感が残ります。記事がないので、記者クラブで降りてきたニュースを適当に扱ったのか、それとも国税内部の「みせしめ」という意味合いで「書いてくれ」ということだったのか、とにかくモヤモヤ感が否めません。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年4月30日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ
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