『どうしたんだ?』と尋ねると、
『実はパートで来てもらっている便所掃除のおばさんが、蒲鉾の板二、三枚に、
“落書きをしないでください
ここは私の神聖な職場です”
と書いて便所に張ったんです。それでピタッとなくなりました』と言いました」
井深さんは続けて、
「この落書きの件について、私も工場長もリーダーシップをとれなかった。パートのおばさんに負けました。
その時に、リーダーシップとは上から下への指導力、統率力だと考えていましたが、誤りだと分かったんです。
以来私はリーダーシップを“影響力”と言うようにしました」
と言われたんです。
リーダーシップとは上から下への指導力、統率力が基本にある、それは否定しません。
けれども自分を中心として、上司、部下、同僚、関係団体……その矢印の向きは常に上下左右なんです。
だから上司を動かせない人に部下を動かすことはできません。
上司を動かせる人であって、初めて部下を動かすことができ、同僚や関係団体を動かせる人であって、初めて物事を動かすことができるんです。
よきリーダーとはよきコミュニケーターであり、人を動かす影響力を持った人を言うのではないでしょうか。
リーダーシップとは時と場合によって様々に変化していく。固定的なものではありません。
戦場においては時に中隊長よりも、下士官のほうが力を持つことがある。
ヘッドシップとリーダーシップは別ものです。
あの便所においてはパートのおばさんこそがリーダーだった。
そうやって自分が望む方向へ、相手の態度なり行動なりが変容することによって初めてリーダーシップが成り立つのです。
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