結果として、立花孝志という人物に健全なふるまいを理解させることはできなかった。党所属の国会議員や党幹部で、私の意図を理解したのは、渡辺よしみ参議院議員、丸山穂高衆議院議員、大橋昌信副党首の数人だけだった。
残りのメンバーは、立花孝志氏の悪行に対して、注意をするどころか、一緒になって蛮行を繰り返す輩の集まりと化したのだった。私自身はそうした野蛮な人物たちの恨みを一身に買って、誹謗中傷の対象となり、最終的には当の立花氏から事実無根の誹謗中傷を受けて、敵視、追放されるという運命が待っていたのだ。
まさしく、当時、そうした心情を吐露したのが「われはセネカか?」(ネロ帝とセネカ)という一文である。
「東に行け」と言われて東に向かって歩んでいると「なぜ西に行かなかったのか!」と叱られる…。みなさんにもこんな経験はないだろうか?
冒頭で「失敗ではない」と言ったのは、まさしく私自身が危惧して、そうした損な役回りを回避しがちの日本にあって、彼らを教育するのが私の役割だと思ったからこその幹事長就任であったからだ。そうした意味で、私の危惧は的中した。昨今のうんざりするような立花孝志とNHK党の振る舞いを考えれば、当時、食い止め、改心させておけばと思わずにおられない。
あれから5年、当時、私自身が注意喚起し続けた地方議員(中央区議会議員)への強要で、立花孝志氏は有罪判決を受け、いまなお執行猶予中の身である。にもかかわらず、蛮行を繰り返しているのはどういうことか。
党内部で彼に注意をする人物はいないのか?立花氏の走狗と化した浜田聡参議院議員などに期待するだけ無駄なのか?大橋氏も渡辺氏も丸山氏もいないいま、ほとんど野放しにせざるを得ないのか?
さすがにこれ以上の被害拡大は許されないだろう。今回の立花孝志氏の選挙ポスタービジネスにおいては、法律は許しても、社会は許さない気がする。日本人に最後の良心が残っているのならば、立花孝志氏のような輩を二度と政治の世界に入れることなく、また周囲の人物たちも一緒に退場させる時期がきたように思える。現代日本社会に求められているのはそうした政治の健全化だ。
果たして、立花氏のような者が歓迎される社会はいつまで続くのか、あるいは、こうした蛮行に批判の声を挙げ続ける者たちの勝利が来るのだろうか、今回の都知事選はその分岐点となるに違いない。(了)
(本記事は有料メルマガ『上杉隆の「ニッポンの問題点」』2024年6月24日号の一部抜粋です。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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