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ナイフを手にしたこの女性に見下ろされながら、これまでの道往きが走馬灯のように浮かんでは消えていった。
いつしか、わたしの目から涙が溢れてきた。その姿を見せまいと堪えるのだが、呻き声とともに、涙は零れていった。
そんな姿を、この女性はどんな思いで見ていたのだろう。
きっとわずかな時間だったにちがいないのだが、途方もなく長く、苦しく感じる時間だった。そのうち、ナイフをバッグにしまって椅子に腰掛けたこの女性は、静かにいった。
「もう二度としません」
嵐の海が凪いだようだった。そんなことばが、いったいどこから生まれてきたのだろう。この女性になにが起こったのだろう。わたしにはわからなかった。
おそらく、この女性もどうしてそんなことばを口にしたのか、わからなかったのではないだろうか。
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衝撃のプロローグに引きずり込まれるようにして、私はその晩、原稿をめくる手を抑えることができず、深夜2時30分までかかって一気に最後まで読み終えた。
何ものかに取り憑かれたかのようだった。読むことを中断することは決して許されない、そんな緊迫感で、しばらく胸がドキドキしていた。
前述した通り、本書は河合隼雄氏の愛弟子である著者が初めて挑んだ一般書である。
脱稿までに丸5年。
恩師から学んだ心理臨床の実践を、専門家ではない人たちにも理解していただきたいという思いから世に出したものだという。
20年に及ぶ編集者人生の中でも、味わったことのない圧倒的な読後感を抱きながら、この本は、読んだ人を必ず救うものになると確信した。一人でも多くの方に届けたいと強く感じた。
ただ、巷に溢れるノウハウ本のように、ここには何かの解決策が示されているわけではなく、即効性が期待できるものでもない。
しかし、だからこそ、この本を決して埋もれさせてはならないと、なんとか多くの人に届けたいという思いでいる。
たったひとりでいい、あなたのことをほんとうにわかってくれるひとがいれば、あなたは生きていくことができる──。
本書に記されたこの言葉が、誰かの胸に届くことを心から願って。
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