ハリス氏を大差で下すやいなや、新政権の重要ポストの発表を次々と行うトランプ氏。しかしその人選には大きな問題があるようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、米国民がトランプ氏を次期指導者に選択した背景を詳しく解説。その上で、同氏の新政権人事がアメリカの国益を著しく損なうものである可能性を指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:やりたい放題のトランプ政権人事/「裸の王様」化して自滅するのでは?
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
トランプは「裸の王様」と化し自滅するのか。やりたい放題の新政権人事
米国が直面している本当の問題は、「米国の夢(アメリカン・ドリーム)」が消滅して二度と戻って来ることはないということである。その状況に対しトランプは、「アメリカ・ファースト」とか「MAGA(メーク・アメリカ・グレート・アゲイン)」とかのお呪(まじな)いを皆で唱えればその夢が戻って来るかのような幻想を撒き散らして大統領の座を得ることに成功したが、お呪いでは何の解決策にもならない。
あるTVのレポーターが「MAGAと叫ぶのであれば、この集会で数千名のトランプ支持者が被っている赤い野球帽も、皆さんが打ち振る星条旗の小旗も、みな中国製なんで、まずそこから改めたらどうなんでしょう」と言っていたが、その通りである。
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99%の人たちの不安と怒りにつけ込んだトランプ
「古き良きアメリカ」とはいつ頃までのことなのか。たぶん1950年代から60年代半ば、ベトナム戦争に負け始めて社会が激しく分裂するようになる前までだろうが、米国は世界が羨む豊かな中間層の国で、努力すれば誰もが必ず報われて、親よりも子、子よりも孫がもっと豊かになるに違いないと信じられる希望の国だった。
しかし、2022年にバーニー・サンダース上院議員が議会予算局のデータを元に発表したところでは、米国の上位1%の超富裕層が米国の富全体の3分の1を保有し、上位10%の富裕層となると7割以上を保有しており、しかも富裕な人たちほどますます速く富を増やすことができるのに、貧しい人たちはその逆で、この恐ろしいほどの貧富の格差はさらに広がりつつあるとのことだった。
こうした中で、高卒・大卒で職のない若者が4割にも達し、彼らが「We are the 99%」の旗を掲げてウォール・ストリートの広場を占拠する事件まで起きた。
この問題の大きな歴史的背景としては、水野和夫が言うところの「資本主義の終焉」がある。資本主義がある日突然にバタッと倒れるという話ではなく、16世紀以来の「中心」が「周辺」=フロンティアを貪り食って自己増殖を遂げてきた資本主義というシステムは、もはや地球上にフロンティアが残されていない以上、ゆっくりと、しかし確実に「死期に近づいて」行かざるを得ない、ということである。
米国に限らず欧日を含むどこの資本主義大国も、辺境から奪ってきた富の一部を自国の労働者にも分配し、また投票権も与えて政治参加に道を開くなどして中間層を育て、不満が爆発しないよう囲い込んできたのだが、もはやそのゆとりを失い、それでも自己増殖をし続けなければならない宿命ゆえに、なんと、せっかく育ててきた自国の中間層を食い物にし始めた。そのためどこでも社会的なストレスが激増し、それに乗じて右翼が台頭し、移民が諸悪の根源であるかに言われて排撃されるようになった。
世界中がそうなのだから、資本主義の盟主=米国でどこよりも激しいストレスが生じるのは当然で、トランプはその分解し没落する中間層の不安と怒りを上手に煽って集票に利用した。
本来、中・低所得の、特に労組に組織された労働者層は民主党の最重要基盤であったが、いつしか同党は(必ずしも富裕層とピッタリ重なるわけではないが)経営者、弁護士、学者、シンクタンク研究者、NPO指導者などいわゆる「知的エリート層」中心の党とみなされるようになり、昔からの基盤を重視しなくなっていた。そこをトランプにつけ込まれたのである。
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トランプを指導者に選んでしまったアメリカ国民の責任
もちろん、仮に民主党がその層に目を向けたとしても、「資本主義の終焉」というのは歴史的=構造的、文明論的な大問題であって、選挙目当てに口当たりのいいことを言って済まされるような話ではない。
しかもそれは、数世紀に及ぶ資本主義世界の変転を突き動かしてきた「覇権システム」の終焉という問題にも直結する。覇権システムの最後の姿が東西冷戦体制で、それは、第2次世界大戦で欧州では勝者の英仏も敗者の独伊も等しく瓦礫に埋もれてしまった中で、その西と東の辺境に生き残った米国とソ連がそれぞれの陣営を率いる盟主となって睨み合うという二重覇権の時代だった。
冷戦が終わり、ソ連の側は直ちにワルシャワ条約機構を解消したが、米国の側は当時のブッシュ父大統領が「冷戦という名の第3次世界大戦に勝利した米国は、これからは敵なしの“唯一超大国”だ」という誤った時代認識に陥り、そのためNATOの解消を拒んだだけでなく、その後これを東方に拡大する戦略を採った。それが今日のウクライナ戦争にまでつながる難問の数々を生んだのである。
で、トランプのアメリカ・ファースト、MAGAというのは、このブッシュ父の“唯一超大国”論の焼き直しであって、米国は「世界No.1であって当たり前で、それがそうなっていないのは誰かが悪いからだ」と敵を外に求め、そこに憎しみを集中的にぶつけることで自分が蘇るかの幻覚に浸る態度である。
こんなことをいくら繰り返しても憎しみが膨らむばかりで何の問題解決にもならない。本当はここで共和・民主両党はそれこそ超党派の議論を成熟させ、「米国を“超”のつかない(と言うことは軍事力をやたら振り回して他国に命令するような態度をやめて)、それでもまだ十分に世界最大の経済大国へと軟着陸させる方策」を落ち着いて議論することが必要である。
これを一言で表せば、米国のポスト冷戦時代への不適応という世界中にとっての大迷惑を取り除くという問題なのだが、米国民はそれとは一番縁遠い人を指導者に選んでしまった。
転覆事故は必至か。米国内の医師グループから気になる指摘も
しかも1期目の時はまだ政界新参者で、人事も共和党エスタブリッシュメントの言いなりにならざるを得ない部分もあったが、今回のトランプは、とりわけ銃撃暗殺未遂事件以降は神懸かり的になり、「私は神様に守られている」と思い込む暴走状態に突入、全てを自分の思うままに仕切って周りをお友達や側近や賛美者で固めつつある。
とりわけテスラやX(旧ツイッター)の会長で世界一の大富豪のイーロン・マスクが、トランプ陣営に2億ドル(約310億円)を注いだことを鼻にかけパトロン気取りになり、政権移行チームの部屋に入り浸ったり、トランプとウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談の場に立ち会ったりしているのは大きな問題で、こうした法とルールに背くお仲間同士の学芸会気分のようなものが国益を損なう危険が増していく。
そうした中でトランプの「裸の王様」化が進み、すでに米国内の医師グループから彼の虚言癖と見えるものには認知障害の傾向が影響しているとの指摘が何度もなされていることとも合わせると、暴走、逆走、衝突、転覆など何でもありの自殺的な粗暴運転が続くことになろう。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年11月18日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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