12月10日に経済協力開発機構(OECD)が発表した「国際成人力調査」で、前回に引き続き世界トップ水準となった日本。しかしこの調査で我が国と並ぶ成績を上げたフィンランドが「世界幸福度ランキング」でもトップとなっている一方で、日本は47位、先進国の中で最低ランクという状況にあります。その差は何に起因しているのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「国際成人力調査」のそもそもの信憑性を検証するとともに、フィンランドと日本の間にある大きすぎる違いを解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:学力はトップレベルかもしれないが、幸福度では先進国で最低という日本/OECD国際成人力調査の奇々怪々
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
幸福度は先進国最低。日本がトップを張るOECD「国際成人力調査」の信憑性
12月11日付各紙に、OECDが31カ国16万人を対象に行った「国際成人力調査」の結果、「読解力」「数的思考力」「問題解決能力」の3つの分野全てで日本がフィンランドと並んでトップレベルの成績であったことが報じられた。
「国際成人力調査」は、正式名称「PIAAC=Programme for International Assessment of Adult Competencies」で、成人(16~65歳)が実社会で生きていく上で必要な総合力を「成人力(Adolt Skill)」と定義し、それを「読解力」「数的思考力」「問題解決能力」の3分野について数値化して順位付けすることを主眼としている。また付帯して回答者自身の生活実感などについても尋ねている。
前回の第1回目は、24カ国15.7万人を対象に2011~12年に調査が行われ翌年に結果を公表、3分野でいずれも日本が1位だった。今回はフィンランドが全てで1位で、日本は僅差の2位あるいは同率1位なので「トップレベル維持」という新聞の見出しとなる訳である。
■ 表1-国際成人力調査2023[各項目とも、順位(前回)、国名、平均得点の順]
→日経新聞「日本の成人、世界トップ級の知力 若年層がけん引 国際成人力調査「PIAAC」 分析と評価」記事内の図表参照
なぜ日本の国家も社会も世相も暗く沈んだままなのか
新聞の見出しを一瞥しただけで違和感が湧く。もし本当に日本の大人たちがフィンランドと同程度の世界に冠たる優れた知的能力を持っているのであれば、なぜ日本の国家も社会も世相もこれほど暗く沈んだままなのか。
端的な話、「世界幸福度ランキング」といった調査はいろいろあるが、一例として、ギャラップ、オックスフォード大学福利研究所、国連などが合同で毎年行なっている調査を見ると……、
■表2-世界幸福度ランキング2023(上位50まで)
- フィンランド
- デンマーク
- アイスランド
- イスラエル
- オランダ
- スウェーデン
- ノルウェー
- スイス
- ルクセンブルグ
- ニュージーランド
- オーストリア
- オーストラリア
- カナダ
- アイルランド
- アメリカ
- ドイツ
- ベルギー
- チェコ
- イギリス
- リトアニア
- フランス
- スロベニア
- コスタリカ
- ルーマニア
- シンガポール
- アラブ首長国連邦
- 台湾
- ウルグアイ
- スロバキア
- サウジアラビア
- エストニア
- スペイン
- イタリア
- コソボ
- チリ
- メキシコ
- マルタ
- パナマ
- ポーランド
- ニカラグア
- ラトビア
- バーレーン
- グアテマラ
- カザフスタン
- セルビア
- キプロス
- 日本
- クロアチア
- ブラジル
- エルサルバドル
……
フィンランドはここでも1位で、他にも表1に出てくる国の多くは表2でも上位に入る(それらの国名を表2で太字にしてある)が、唯一例外は日本で、幸福度では47位という二流か三流クラス。少し上のラトビア、グアテマラ、カザフスタンには私も行ったことがあり、その実感と重ね合わせてもまあ順当なところではないかと思ってしまうのだが、とするとこのフィンランドと日本の違いはどこから生じるのか。
理屈で考えると答えは2つに1つで、OECDの成人力調査の手法や設問の仕方に問題があって、日本の成人の知的能力が世界一レベルでフィンランドと並んでいるというのが間違いであるか、もしくは、日本人の成人力そのものはフィンランド人並みに優れていて同調査の結論そのものは間違っていないのだが、他の要因によってそれを発揮することが妨げられてきたために幸福になれないでいるということなのか、そのどちらかということになるだろう。
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フィンランドと日本の教育の大きすぎる違い
とはいえ、後者の場合、つまり日本人の成人力そのものは優れていても他の要因で阻害されているというのも嘘臭くて、成人力が優れているならその阻害要因も目敏く見つけて除去していくはずなのだからそんな言い訳は成り立たない。
とすると、どうも前者が妥当であって、この調査のやり方では「読解力」「数的思考力」「問題解決能力」とは言うけれどもそれらを数値化できる限り、つまり《量》を扱おうとしているだけで、思考能力の《質》を無視しているのではないか、という疑いが生じる。
統計調査の方法は専門的な知識が必要な領域で、OECDのこの調査の場合ももちろん国際的に著名な方々の知恵を集めて行われているのだとは思うが、サンプルとして公開されている調査の際の質問は、例えば「問題解決能力」の場合は、地図上に自宅と学校と3つの店が示されていて、「今は朝8時。子供を8時半までに学校に送り届けた後、店で1週間分の食料品の買い物を20分間で済ませ、9時半までに帰宅するにはどのルートを取るのがいいか」が問われる。
まあ確かに、頭を働かせて上手に立ち回らなければならないケースであるとは思うけれども、健常な精神の持ち主であれば地図を一目見ただけで答えが分かってしまう程度の設問で、余りにシンプルすぎるのではあるまいか。
私が本誌でも繰り返し述べてきたことではあるが、知的な(intellectual)能力を鍛えようという場合に、まず第1に必要なのは、知識(information)と知恵(intelligence)の区別と、しかる後の両者の統一である。
これをそもそもから説き起こしていると本一冊分になってしまうので、今は避けるが、OECD調査は、知識の多さを問うのでなく、その先の読み込む力、数理的に整理して理解する力、それらの結果としての問題解決の方策を思いつく力を試そうとしているその気持ちは分かるのだが、それらの力は一言でいえば「知恵」で、こればっかりは残念ながら計量化できない「質」の問題なのですね。
そのことを分かっているのが実はフィンランド社会で、そのことは岩竹美加子『フィンランドの高校生が、学んでいる人生を変える教養』(青春新書、24年10月刊)を読めばよく理解できる。
フィンランドでは学校は「自分の頭で考える」ことを教える。それに対し日本では学校は「自分の頭で考えない(で言われたことを丸暗記する)」ことを教えている。その差が、上記表-2の1位と47位の差になるのではないか。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年12月16日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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