国民が米価高騰にあえぐ中、5月31日から店頭に並び始めた政府備蓄米。小泉進次郎農水大臣の「鶴の一声」で実現した5キロ2,000円という販売価格ですが、識者は一連の流れをどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「ただの気休めでしかない」とバッサリ斬った上でその理由を解説。さらに今般の「農政大破局」とも言うべき状況を招いた根本原因を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:備蓄米が2000円で出回ったのはそれでいいとして、本当に安心できる米の生産・流通・消費のシステムの姿は?
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
「5キロ2,000円」という気休め。今こそ模索すべき「安心できる米の生産・流通・消費」のシステム
小泉進次郎=新農相の随意契約方式による備蓄米の放出は「『JA外し』の荒療治」(5月27日付日経の見出し)には違いなく、確かにの小売店の店頭で5キロ=2,000円台の袋が並ぶ光景がテレビ放映されて「参院選前に実績急ぐ」という石破政権の国民向け心理作戦としては一定の効果を上げつつある。
しかし、それがどこまで行き渡り多くの人々を実際に安堵させるのかは分からないし、ましてやすでに出回っている24年産の一般米の5キロ=4,285円までの高騰(5月18日現在)に水をかけることになろうとは、全く期待できないのは自明。だから5キロ=2,000円はただの気休めでしかない。
小泉も流石にそのことには気づいていて、最近の衆参農水委員会での答弁では、
▼生産者の思いと消費者の立場が一致できる納得価格を見出すのが重要だ。
▼物価や資材、人件費の高騰などを踏まえたら、2,000円が生産者にとっての適正ではない。
▼本来であれば今の4,200円でも問題なく買える日本経済の状況を作っておかなければいけない。
……などと語っているが、そういう上っ面のことを言っていていてもこの大難問は解決の糸口は見つからない。
そもそも米を主食とするばかりでなくそれを日本独自の文明の基礎としてきた「瑞穂の国」で、
- 厚労省が「米を食べると馬鹿になる」と国民を脅迫し、
- 農水省が「米を減反すれば金をやる」と農民を侮辱し、
- 自民党政権がそれを推進して米国に魂を売り渡してきた、
その戦後政治がとうとう破綻を来したのだと事態を認識し(※)、それこそ「戦後80年記念事業」としてそこから大転換することができたら素晴らしいと思うが、果たして小泉にそこまでの問題意識があるのかどうか。
※ 「米を食べるとバカになる説」を真に受けて稲作文化をバカにした「令和の米騒動」の真犯人(本誌No.1277「日本文明の基礎を掘り崩す農水省の『米を作らせない政策』/時ならぬ「米騒動」の根本原因」)参照
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本当に農協を外せばコメは安くなるのか
その大転換のために考え抜かなければならない論点は数々あるが、一つには、今回の小泉パフォーマンスが「JA外し」の一面があったことから、「ほら、JAを外せば米は安くなるじゃないか」といった短絡的な印象操作がすでにマスコミに現れている。しかし、4月下旬の3回目の備蓄米放出(23年産10万トン)について「日本農業新聞」(5月26日付)が示した試算によると(図1参照)、
- 政府は元々60キロ=1万1,879円で買い受けた米を一般入札にかけ、その95%をJAに2万1,085円で売り、
- JAはそれを米卸商に2万2,231円で売り、
- 卸はそれを小売に3万4,362円で売り、
- 小売はそれを消費者に4万3,272円で売った。
こうしてみると、JAのマージンが極端に少なく、良心的なように見えるが、実際の仕組みはやや複雑である。
同紙は触れていないが、1.の前にはもう1段階があって、全国151の備蓄米の入札に参加する資格を持つ登録業者(ほとんどがJA)が存在する。JAは、出来るだけ安い値段で買い受けようとする国の入札の応じ、落札すると、その分の米を自分の倉庫に保管し、農水省の「検収」を受けた上で所有権を渡すが、米そのものはそのまま倉庫に置いて同省から保管料を受け取る。
そして今回のように放出するとなると、今度は出来るだけ高い値段で売るための入札に応じ、落札すると、所有権が戻ってきて、それを卸業者に売ってもいいのだが、放出の最初の段階では「1年以内に買い戻し」とされていたので、面倒ならばそのまま倉庫に置いておき、買い戻しを待ってもいい。買い戻されると、また所有権は国に移り保管料を受け取るが、米そのものは依然としてそのJAの倉庫で動かないままである(極端に言えば、だが)……。
要するに、米が過剰に出回って価格が下落するのを避けようとする農水省とJAの思惑の一致に基づいて作動する「緩衝装置」が備蓄米制度なのであって、表のJAが卸に売る時の上乗せ額だけを見ていても事の本質は分からない。
そもそも、消費者に急いで安い米を届けようという話なのに、大元の国が「安く買って高く売る」入札制度に頼った結果、最大の上乗せを得てしまっているのは珍妙極まりないが、行政=役人が法律に縛られるのは仕方がない。そこで政治=小泉が出てきて「そんな馬鹿なことがあるか。今回は随意契約で国が事実上価格を決める」と超法規的な措置を強行したのである。
それはともかく、卸は8,695円、小売は8,910円の上乗せを得ていてその比重は消費者価格5キロ=3,600円の米の場合で約4割。流通はそれほどの力を持っているのかと驚くばかりである。
今回の小泉方式では、JAはもちろん卸も飛ばして直接小売に入札させ、しかも公定価格=2,000円と決まっているので小売も上乗せできず、この値段が実現した。しかしこのやり方では生産者も流通業者も全く仕事が成り立たず、持続可能な米の供給システムを作る上では何の参考にもならない。
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アベ友の姿も。新しい「魔のトライアングル」の基本構図
自民党農林族議員と農水官僚と農協が織りなす「魔のトライアングル」ということが昔から言われていて、それは今なお存在し一定の力を持っているのかと思う。けれども、私の認識では、それに対抗する別の新しい「魔のトライアングル」がすでに勃興していて、その基本構図は、
- 安倍晋三時代に形成された森山裕を中心とする「新農林族」議員、
- 大規模化・機械化・効率化・市場化一本槍の官僚群、
- 新自由主義=規制緩和イデオロギーに染まった竹中平蔵、新浪剛史、宮内義彦ら経済界の非主流派。
2012年12月の総選挙で「TPP断固反。ブレない。ウソつかない。」のポスターを張り巡らせて勝利し、政権を取り戻した安倍晋三は、手の平を返したようにとはこのことかと言われたほどの鮮やかさで方針を転換、TPP加盟に突き進むと共に、国内では特に農協を目の敵に据えて規制緩和の一大キャンペーンを展開した。
その時に、安倍が「農林族を制することができるのは農林族しかいない」という考えのもと、党内や農協との調整を委ねたのが、当時農水副大臣だった江藤拓(前農水相)と、衆院農水委員長(13年)→自民党TPP対策委員長(14年)→農水相(15年)の森山裕(現党幹事長)だった。その下で突撃隊長となったのが小泉=党農林部会長(現農水相)である。
これを政権内外から応援し、国家戦略特区を作らせて自社を農業に参入させたりしたのが、竹中平蔵(パソナ)、新浪剛史(ローソン)、宮内義彦(オリックス)など安倍のお友達の新自由主義派経済人たちである。
農水省の内部には、「改革派」と呼ばれる市場開放、大規模化・機械化を推進する潮流があり、伝統的に経営局や輸出・国際局を拠点として、どういうわけか東京大学法学部出身者がこの局長を経て事務次官になる主流コースを握っている。
この人たちは中山間地の家族経営による中小零細農家こそが日本の宝であることを絶対に認めず、むしろ「厄介者」扱いして出来るだけ早く絶滅させようとしている。
それに対して、東大でも農学部出身者や他大学の農学部、農業系大学の出身者は農産局や農村振興局に依っていて、どちらかというと旧農林族に近く、「穏健派」と呼ばれている。
安倍時代を通じてこの新トライアングルが前面に立つようになったのに対し、旧トライアングルは大きな政策方向で勝負することを避け、農業自体が衰弱に向かうとしてもその下で中小農家がとりあえず目先のカネを掴めればそれでよしとする姿勢に沈んでいる。
そういう二重に不幸な退嬰によって今回の農政大破局が訪れてきたのであって、マスコミがよく言う「主食の米を聖域として、保護してきた日本の農政の抜本的な立て直しを」などという決め台詞は、新トライアングルの側に立って旧トライアングルを潰せと言っているのかどうか。
分かって言っているなら、一見当たり障りないこの表現は実はイデオロギー的偏りを孕んでいることになり、分からないで何となしに言っているなら読者の頭を撹乱する役目を果たすだけである。
小泉はこの過程の中でだいぶ勉強したようで、数日前の会見ではポロッと呟くように「米の流通は複雑怪奇ですから」と述べたが、その通りで、安易な単純化を避けながら本当にあるべき米の生産と流通と消費のシステムを模索していく必要がある。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年6月2日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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