誰が見てもおかしな日本の物価対応。主要国の中でも最もインフレ率が高い日本で、政策金利は最低水準にあります。日本はインフレを抑える意図があるのか、むしろインフレを助長したいのか。岸田前総理は「プラチナNISA」を提案していますが、その根拠に「インフレの時代に負けない投資が必要」と言っています。つまりインフレを前提とした投資手段を提示しようとしています。
日銀の植田総裁も国会で「今はデフレなのかインフレなのか」と問われ、「今はインフレだ」との認識を示しました。政府も日銀もインフレと認めながら、日銀は依然として緩和的な政策スタンスを維持しています。その根拠に、「基調的インフレ率がまだ2%に達していない」ことを挙げています。インフレになったがまだ2%の基調に達していないから緩和を続けて基調インフレを2%に引き上げたいとしています。
このように世界標準からかけ離れた日銀の物価対応で、最も被害を受けているのが国民です。では一体誰が一番喜んでいるのでしょうか?(メルマガ『マンさんの経済あらかると』著者・斎藤満/メルマガ本文より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日本の物価対応、喜ぶのは誰か
プロフィール:斎藤満(さいとう・みつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
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インフレで大損をするのは日本国民。では得をするのは?
日銀のインフレ対応は世界標準から見てもかけ離れています。インフレ対応としてみると、周回遅れ以上の「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)」にあります。金融政策が効果を発揮するまでには時間的ラグが長く、利上げしてもすぐに効果が出るわけではありません。一般に半年から1年のラグがあると言われています。
このため、インフレが予想される場合には、現実のインフレが生じる前に「予防的引き締め」に出て、インフレが実現するころには引き締め効果が出るよう、あらかじめ予想して動きます。
FRB(米連邦準備制度理事会)は、2021年末にはすでにインフレの兆候が見られていたのに、実際の利上げに出たのが翌年3月であったため、対応が後手に回り、必要以上にインフレを高めたと批判されました。
これに対して、日銀はさらに対応が遅れましたが、黒田日銀総裁(当時)は、はなから予防的引き締めに出る意図がなく、確信犯的に「後手」に回る対応をしました。つまり、インフレが予想された時点ではなく、現実のインフレ率が2%を安定的に上回るのを確認するまで緩和を続ける、と表明していました。
このインフレ放置の異常な金融緩和が、最終的には為替市場に大幅な円安を招くようになり、これがさらにインフレを煽るだけでなく、米国のトランプ政権に「非関税障壁」と批判され、修正圧力がかかるようになりました。米国に言われないと動かない日本の悲しい性が伺えます。
古今東西、実現したことがない「物価上昇を上回る賃上げ」という幻想
この物価高の影響を最も強く受けるのが国民です。長年物価の安定が続いていたために、インフレ対応に慣れていないところに、突然インフレが続くようになり、家計の実質所得が減少を続け、老後のために蓄えた金融資産がインフレで毎年目減りしています。
この物価高に対する不満が国民の間に広がるにつれて、さすがに政府も動かざるを得なくなりました。
まず物価高を上回る賃上げでこれをカバーしようとして、財界に賃上げで協力を求め、さらに賃上げ減税まで申し出ました。
ところが、石油危機以降の日本でも見られたように、賃上げを進めればこれがまた次の物価高につながる「賃金物価の悪循環」をもたらします。実際、以前の日銀は例えば石油危機後には引き締めで賃上げを抑えました。
ところが現在の政府日銀の姿勢は、物価上昇を上回る賃上げを目指し、財界にこれを要請しています。政府日銀はこれで「賃金物価の好循環」が実現すると期待しています。
しかし、この「好循環」は古今東西実現したことがありません。絵に描いた餅で、これを推し進めれば次なる物価高につながる「いたちごっこ」となり、実質賃金はなかなかプラスになりません。金融資産は目減りを続けます。
さすがに岸田前総理は、このインフレに耐えうる投資環境が必要として、プラチナNISAを導入しようとしています。ただし、そもそものNISAのアイデアも米国投資ファンドの入れ知恵で、日本の個人マネーを米国市場に導こうとしたもので、実際米国に巨額のNISAマネーが流入しています。純粋なインフレ防御という狙いでもなさそうです。
それでも政府はインフレ対応に動いているのですが、日銀は依然として利上げに慎重で、家計の痛みを理解していません。そもそも日銀自身がまとめている「生活意識に関するアンケート調査」では家計が2桁のインフレを感じ、生活のゆとりがなくなっているとの調査結果を出しています。日銀はこれさえ見ていないのでしょうか。(次ページに続く)
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インフレをエンジョイする財務省。間もなく180度方針転換か?
その一方でほくそえんでいるのが財務省です。税金という政治家も震え上がる武器を持つ財務省の力は依然として大きいのですが、彼らの意向が政策の随所に現れています。
最終的には政府の拡張財政にメスを入れたいのですが、そこにたどり着くまでは税収増、金利コスト抑制を前面に出しています。日銀はこれにつかまっています。
財務省としては、インフレで税収を増やすことを歓迎します。
現に、このところ税収は上振れが続き、年間70兆円を超える税収を確保できています。インフレで消費税が増えるだけでなく、賃上げで所得が名目で増えると、税率の所得階層区分が引きあがり、社会保険料負担も所得増で引き上げられます。また値上げが通って企業収益が拡大し、法人税も増えます。
したがって財務省は、インフレが進むことを税収増の面で歓迎します。反面、インフレでは金利が上がり、国債などの金利コストも増えます。ところがここで、財務省は配下にある日銀をコントロールできるのです。
日銀には低金利で緩和を続けろと言い、国債の買い入れも続けさせ、国債利回りがインフレのわりに低く抑えられています。短期の政策金利も長期金利も実質金利は大幅なマイナスで、財務省に貢献しています。
インフレとデフレをうまく使い分けているわけで、日銀はインフレでも思い切った利上げができない状況にあります。
しかし昨今、基調的インフレ率がまだ低い、との日銀論理が通じなくなりつつあります。財務省としてもコメなどの物価高の中で金融緩和を続けさせることが難しくなってきました。
そこで財務省は、そろそろ戦略転換を図る可能性があります。つまり、放漫財政自体を許さない方向にかじを切ろうとしています。石破総理や森山幹事長が急に日本の財政は危機的状況と言い、財政赤字拡大をけん制するようになっています。
積極財政派の高市氏などが早速批判していますが、財務省は日銀の利上げを容認し、国債などの金利上昇を利用して財政支出の抑制に向かう可能性があるわけです。
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