どうしてそのような人は国民年金の強制から外れたのか。それは厚生年金は世帯単位で面倒を見る年金であり、サラリーマンの夫が全て保険料を払って、老後の年金も全て夫が受給するというものでした。その厚生年金に妻分の生活費である加給年金をつけて、妻の生活も守るという形になっていました。だから、わざわざ妻を国民年金に加入させなくてもいいよねという事になり、任意加入としました。
加入するかどうかは妻本人次第なので、加入していない人も100万人単位で存在しました。まあ、昭和の当時は専業主婦の将来は無年金でも低年金でも構わないという考え方でした。今となっては信じられない事ですが。
国民年金に加入していない人が多く存在していた中で、昭和61年4月になるとそのような任意加入だった人も強制加入にしました。どうして急に強制加入に変えたのかというと、やはり個人の名義で年金を貰うべきであるという考え方が強まったからです。
「さあ、今まで加入していなかった皆さん!昭和61年4月からは20歳から60歳までの40年間のうち25年間は最低でも保険料を納めて、自分名義の年金をもらいましょう!」という事になったわけですね。
ところが昭和61年4月時点で急に強制加入にしても、25年を満たせない人が大勢存在しました。例えば昭和22年度生まれの人が20歳からサラリーマンの専業主婦になったら昭和42年度から昭和60年度までの18年間は任意加入となり、加入しなければ年金期間にはなりません。
昭和61年4月から強制加入となって60歳まで頑張って保険料を納めても、22年間しか納める事はできません。そうすると22年間保険料納付を頑張ったところで結局年金は貰えません。25年に満たないから。
じゃあどうしたのか。今まで任意加入としていたところを、せめて年金受給資格期間の25年に組み込む期間にしようとしたのです。
強制加入とするところを任意加入としたのは本人のせいではなく、国がそう定めていただけなので本人には何の責任もありません。よって、年金額にはならないけどせめてカラ期間として使って、年金受給資格期間に組み込んで年金がもらえるようにしたのです。
上記でいえば18年間がカラ期間で、22年保険料納付済みなので十分に受給資格期間25年以上を満たしているため、22年分の年金を受給する事ができました。
このように、過去の任意加入となってた部分がカラ期間になる事が多いのです。
よって、今回は少しいつもと違ったカラ期間を取り上げて考えてみます。
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