国民の日常から戦争を切り離すことに成功したプーチン
ではもう一つの当事国ロシアの事情はどうでしょうか?
2014年のクリミア半島の併合時の“甘い記憶”に惑わされ、「今回も3日もあればゼレンスキー政権を崩壊させ、実質的にウクライナを再度ロシアの支配下に置くことができるだろう」という誤算に基づき、2022年2月24日にウクライナ全土への侵攻を“特別作戦”という名の下で実施しましたが、クリミア以降、強化されたウクライナ軍の戦闘力と、母国防衛という旗印の下で非常に高い士気を持つウクライナ軍の前に足止めを食らうという失態を侵したのが事実です。
とはいえ、「ロシア人同胞を守る」といった旗印を掲げた以上、こちらもまた掲げた拳を下げるきっかけを見つけられないまま、「そうはいっても軍事力では圧倒しているロシアが負けることは無い」と戦争を激化させて、その後、3年半以上にわたって膠着状態に陥り、前線における戦闘を通じて、一説ではすでに100万人の兵力を失うという失態を侵しても、実質的には何も獲得できていないという状況があります。
戦況としては決して喜ばしいものではないと見ていますが、お得意のプロパガンダ戦略と、ロシア国民の意識を戦争から遠ざけたままにしておくという戦略を選んで、何とか、表面上は“有利”な状況を演出しています。
プロパガンダ戦略については、「この戦争はウクライナとの戦いにあらず。ウクライナの背後に控え、NATOの影響力を東に延伸し、ロシアの国家安全保障を脅かす由々しき勢力に対する戦いであり、抵抗であり、自国の防衛のための戦争である」という正当化を国内向けには行っています。
これはロシア国民が文化・歴史的に持つ民族感情を巧みに用いている戦略とされ、「ロシアは何度も周辺国や他国との融和の道を模索したが、結局だれもロシアのことは気にかけず、理解しようともしない。自分たちの身は自分たちで守るべき」という心情を刺激し、かつてのソビエト連邦を構成していた国々はすべてロシアの影響下にあるべきという、ルスキミールの考え方が根本にあることを利用しているものと考えられます。
ゆえに、ロシアに歯向かう者はけしからん存在という認識が作られ、プーチン大統領の対ウクライナ“特別作戦”に対する国内の支持率が8割を超えるという異常な世界が作られることになっています。
それを効果的にするための戦略が戦争を国民の日常から切り離すことなのですが、戦時経済下で雇用を増大し、対ウクライナ侵攻前に比べても国民の経済状況を改善させることで「戦争の影響はなく、どちらかというと豊かになった」という認識を国民に与え、プーチン大統領の政策は成功しているというイメージ(実は虚構でも)を植え付けることに成功しています。
そして、一度失敗しかけた教訓を活かして、ロシア人の若者の徴兵は行わず、プロの傭兵部隊や北朝鮮軍などを前線に派遣してウクライナ軍と戦闘させるシステムを確立することで、一般的なロシア市民、特にモスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市の市民の日常から、戦争を切り離すことに成功しています。
一時、ウクライナ軍が越境して、国境沿いの州を占拠するという事件がありましたが、その鎮圧と奪還にも成功したことで、さらにロシア人に戦争を自分事とは感じさせないという戦略が成り立ってきました。
しかし、ウクライナの無人ドローンがモスクワを襲ったり、インフラ施設を襲ったりする事案が増えるにしたがって、通常はロシア政府・クレムリンへの疑念が高まるかと思いきや、実際には国民はウクライナへの嫌悪感と必ず打倒すべきと言うプロパガンダに組み込まれ、プーチン大統領の戦争を支持するように仕向けられています。
ただ、ここにきてやはり戦況の行き詰まりが目立ち始め、当初は良かった経済成長も鈍ってきているのも事実です。
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