闇が深すぎる「731部隊問題」を持ち出す中国の狙い
今回の対立ドラマの一環として、悪名高き731部隊に関する新資料を公開し、キャンペーンに使用するという動きがあります。これは基本的には危険なトラップであり、高市政権はもしもこれに反発した言動を引っ張り出されると、国際社会でのダメージになるという仕掛けになっています。
ただ、この問題には2つの大きな前提があるわけで、このことは明らかにしていかねばなりません。まず、隊長の石井以下731部隊で細菌兵器や人体実験に関与していた人々に関しては、戦犯訴追はされていません。実験結果について全てを米軍に提供することで、事実上の免責を受けたとされているからです。
従って、731部隊という非人道的な存在については、サンフランシスコ講和においても、その前提となる東京裁判でも「ケジメ」はついていません。これが問題の第一です。もう1つは、それとは別に、731部隊が活動していた中国に対しては、国交回復と日中条約の枠組みの中で、土壌環境の原状回復が徹底して行われています。またハルピン市にある「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」という博物館には、日本側からも資料提供がされているようです。
ですから、全体的にはアメリカとは秘密の取引がされている一方で、中国とは原状回復等の徹底した対応が取られています。にもかかわらず、今回のような政治的条項の中では、告発するような情報が小出しにされるというのは日中関係にとっては非常に困りものです。
この問題については、それこそ周恩来=田中ドクトリンにある「日本軍国主義は敵だが、日本の人民はそうではない」という大原則を守って、日本側として対応してきているわけで、そのことを何度も何度も繰り返すしかないと思います。特に原状回復について大きな努力をしたことについては、水に流されては困ります。
と同時に、他の問題と比較するとこの731に関する問題は、闇が深すぎます。少しでも当時の関東軍と現在の日本を混同して、731への批判を自分への批判のように勘違いして「正当化」的な言動へ追い詰められると、現在進行形で国際社会から白眼視されるという罠に落ちるわけです。
この点に関しては、1980年代に作家の森村誠一が共産党と一緒になって告発した『悪魔の飽食』が話題を呼びました。このシリーズは、ファクトよりもプロパガンダ的な性格のものでしたが、とにもかくにも経済力が最高潮となる時期の日本社会は、こうした過去への自己批判を受容する環境を持っていたのでした。
一方で石井隊長の出処進退に関する重要な事実を公表しつつ、アメリカとの取引などを告発する仕事を、NY在住の青木富貴子さんが2003年に公刊しています。ですが、この時は既に日本社会は過去への批判をする余裕を失っていたのか、話題にはなりませんでした。いずれにしても、731の問題は非常にセンシティブであり、本来であれば「コミュニケーション・ルート」でしっかり対応するべき問題だと思います。
映画化にしても、資料の小出しにしても「ルート」が壊れている中で、ダラダラ出されるというのは非常に苦しい状況です。高市政権の周囲から、正当化発言のような自爆行動が出ないことを祈るばかりです。
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