AIがすでに奪った労働者の賃金は約32兆円。高学歴・高給取りほどAIに浸食される米国「ホワイトカラー消滅」の現実

 

AIが職を奪う層は「高学歴・高給取り」が最初に重なる層

露出度が高い職種に就いている人たちの属性も興味深い結果になっています。露出度の高い職種の労働者は、そうでない労働者と比べて平均年収が47%高く、大学院卒の比率は4.5倍、女性とアジア系の比率も高い、という分布です。要するに、AIが最初に重なってくるのは肉体労働ではなく、これまで「高学歴・高給取り」とされてきたデスクワーク層だ、ということです。

雇用への影響については、現時点ではかなり慎重なトーンです。「2022年末以降、露出度が高い労働者の失業率に系統的な上昇は見られない」としつつ、「22〜25歳の若年労働者については、ChatGPT登場後、露出度の高い職種での新規採用が約14%減速している」と報告しています。さらに、米国労働統計局(BLS、Bureau of Labor Statistics、米国の雇用関連統計を管轄する政府機関)の雇用予測でも、露出度が10ポイント上がるごとに、2034年までの予想成長率が0.6ポイント低くなるという相関が見られるそうです。

労働から資本への所得移転という構造変化

私が二つの研究を並べて興味深いと感じたのは、両者が見事に補完関係にある点です。$211billionの研究が「マクロでお金がどう動いたか」を計測したのに対し、Anthropicの研究は「ミクロで誰の仕事に何が起きているか」を職種別・年齢別に解像度高く見せています。両方を重ねると、「中高年の高給ホワイトカラーの失業はまだ顕在化していないが、若年層の入り口がじわじわ閉まりつつあり、結果として将来の昇給原資が削られている」という構造がくっきり見えてきます。

そして、$211billionが「労働者から消えた」一方で、その分のお金がどこに行ったかを考えると、見えてくる構造があります。一部はAI企業(OpenAI、Anthropic、Google、Microsoftなど)の売上として計上され、一部は導入企業の利益率改善(人件費削減)として株主に還元され、残りは商品・サービス価格の下落として消費者に分配されているのです。つまり、労働から資本への所得移転が、AIという技術を媒介にして急速に進んでいる、ということになります。

これまで産業革命以降の技術革新は、長期的には労働者の賃金を押し上げる方向に働いてきました(生産性が上がるほど人材の価値も上がるため)。しかしAIの場合は、生産性向上の果実が「人間の労働者」ではなく「AIを保有・運用する側」に流れる構造になっており、この点が過去のどの技術革新とも違います。

$211billionという数字は、その構造変化が「未来の話」ではなく「すでに始まった現在の話」であることを定量的に示した、という意味で、政策議論にとって重要な転換点になりそうです。

(本記事は『週刊 Life is beautiful』2026年5月12日号の一部抜粋です。「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナーなどメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です )

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