破壊された「企業が儲かれば従業員に還元する」賃金システム
しかも小泉内閣時代の6年間というのは、決して企業の業績が悪いわけではありませんでした。バブル崩壊後の不景気がようやく底を打ち、経済指標的には「好景気」とされる時期でした。トヨタなど史上最高収益を出した企業も多々あったのです。
そんな好景気の時代に、国が「賃金を上げなくていい」というメッセージを企業に送ったらどうなるでしょうか?企業は、「賃金など上げなくていいのだ」と思ってしまうはずです。
実際に、小泉内閣時代以降、企業は業績がよくても賃金を上げなくなったのです。高度成長期以来、日本社会が守ってきた「企業が儲かれば従業員に還元する」という賃金システムは、ここで破壊されたのです。そして「失われた30年」が、いや「呪われた30年」が到来するのです。
小泉内閣の経済政策を担当していた竹中平蔵氏は常々「日本人の給料を下げるべし」と主張していました。そして、実際にその主張通りの政策を講じたのです。
竹中平蔵氏が企業に賃下げを働きかけるという愚かな政策を行なった理由は、彼の弁によると日本の「労働分配率」が先進諸国に比べて高かったからです。労働分配率が高いというのは、ざっくりいえば「企業利益に比べて賃金が高い」ということです。バブル崩壊後の日本経済の低迷の理由を、彼は日本人の賃金の高さだと解釈したわけです。この明らかに間違った解釈が、その後の日本を地獄に変えてしまうのです。
そもそも日本人の賃金はまだ欧米に比べて安く、バブル期であっても欧米には届いていませんでした。だから欧米に比べれば、労働分配率が高くなるのは、当然だったのです。
また高度成長期やバブル期になぜ日本の景気が良かったかというと、毎年賃金が上昇して消費が増えていたからです。その好循環を小泉内閣は故意に絶ってしまったのです。
近代国家は「賃金を上げること」を常に目指してきた
竹中平蔵氏のまず根本の誤りは、「経済における賃金の重要さ」を全然わかっていないということです。
賃金というのは、社会の血液です。だから近代国家の経済政策では、「賃金を上げること」が最重要なテーマとなっています。賃金を上げることは、国民の生活を守るためでもあり、経済を発展させるカギでもあるからです。
どんな企業も誰かに物やサービスを売ることで成り立っています。人々が物やサービスを買うための原資は賃金です。賃金が下がれれば、当然、物やサービスを買えなくなります。そうなると企業は厳しい状況に追い込まれることになります。
企業にとって賃下げをすることは、一時的な収益増にはなりますが、広く長い目で見れば、確実に自分の首を絞めることになるのです。
たとえば、アメリカの株価なども、賃上げがされると上がる傾向があります。それは、賃金が上がれば社会全体のお金の流れがよくなるということを示しているのです。
しかし企業というのは、放っておくと賃下げの方向にいきがちです。企業は賃金を下げた方が目先の利益は大きくなるし、企業と従業員では、従業員の方が立場が弱いからです。そのため、政府は企業に対して、賃金を下げないように様々な規制を設けているし、賃上げを推奨しているのです。
このことは「近代経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスが200年以上も前から指摘していることです。アダム・スミスは「国富論」の中で、
「経営者は労働者の賃金を決めるにあたって有利な立場にある。しかし経営者は、労働者が家族を養える以上の賃金は必ず払わなくてはならない」
「労働の報酬が豊かになれば、子供の成育条件が改善され、人口は増える。そして、庶民の働く意欲が増進し、勤勉な人が増える」
と述べています(~国富論第1編第8章~)。
だから近代国家の政府は、企業に対して賃上げを働きかけこそすれ、賃下げを推奨するなどということは、絶対ありえないことだったのです。
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