2016年に発生した熊本地震から10年という節目を迎え、改めて問われているのは、災害の教訓がどこまで社会に生かされてきたのか、ということです。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイー河合薫の『社会の窓』』では、著者で健康社会学者の河合薫さんが、これから起こるかもしれない災害に向けて被害を最小限に抑えるために、過去の経験をどのように未来につなげていくのかを考えています。
熊本地震から10年「教訓」は生かされたか?
2016年の熊本地震から、10年が経ちました。
熊本県と大分県で278人が犠牲となり、その8割が「災害関連死」です。
災害関連死が定義づけられるきっかけとなった阪神淡路大震災では死者数全体のうち6,434人が災害関連死として認定され、東日本大震災では3,808人(2024年時点)の命が奪われました。
そんな中、関連死を認定する際の議事録を再発防止に役立てるとする自治体が、わずか26%にとどまることがわかりました。
調査を行った朝日新聞によると、保存期間を「5~10年」とする自治体も多く、「歴史的公文書として原則永久保存」は一部の自治体に限られていたそうです。
災害関連死の定義は、「災害による直接の被害ではなく、避難途中や避難後に死亡した者の死因について、災害との因果関係が認められるもの」とされていますが、その認定にはばらつきがあり「国に認定基準を設けてほしい」との声が上がっていました。
しかし、一律の基準を設けるのは極めて難しく、政府は過去の認定例などをまとめた「災害関連死事例集」を作成し、2025年に公表。さらに自治体には、過去の事例研究の必要性を訴えてきました。そんな状況下での「26%」です。
「過去」を知ることは「未来」に備えることなのに、残念としかいいようがありません。
災害関連死は、ある意味想定外の出来事でもあります。その悲しい現実には何百、何千人のかけがえのない「命」が存在します。それを人は、「教訓」と呼ぶのではないでしょうか。
能登半島地震では、車中泊や避難所生活などがストレスになり、亡くなる人たちがたくさんいました。
冷たい体育館、窮屈な避難所、広がる感染症、食料品の不足、簡易トイレや毛布の不足etc, etc….。
どれもこれも「教訓」として、阪神淡路大震災以来、受け継がれてきたはずです。
しかも、関連災害死の多くは高齢者です。
メルマガ Vol.414で、イタリアの避難所を取り上げたような、知恵を絞って、カネと人を最大活用し、「助けられる人が助ける」「ユニバーサルデザインですべての人が使える」、暖かくて、人の温もりがあって、シャワー、ベッド、トイレ、給水車、発電機、コインランドリー、子供の遊び場もある、「人」として生活できる避難所を作って欲しいです。
南海トラフ巨大地震では、災害関連死が26,000~52,000人にのぼるとの推計もあります。
政府は防災庁を、今年中に設置する予定だそうですが、すべての人たちが災害関連死は誰の身にも起きる「人災」であり、その人災を最小限にするには、過去の教訓を活かすしかない、という周知徹底も忘れないで欲しいです。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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